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今年のベネチア・オリゾンティ部門監督賞「No Date, No Signature」 [イラン]

極めて巧妙な第一作「Wednesday, May 9」を観て、次の作品がとても楽しみだったイランのVahid Jalilvand監督の第二作「No Date, No Signature」(2017) 。これもまた良くて(病理や医療関係の言葉が多くて英語字幕を正確に理解できていないところはあるけれども)、今年のイラン映画を代表する一本となるのではなかろうか。そう思っていたら、先日閉幕した第74回ベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門では、監督賞を受賞したそうだ。
とても刺激的な設定だ。イラン映画界で培われたと思われるストーリーテリングの醍醐味に溢れている。検死を担当する医師が、夜に自動車を運転していて、親子4人乗りのバイクと接触し転倒させてしまった。小学3年生くらいの息子が怪我をしたが、大きな外傷はなかったため、警察を呼ぶことを避け、その父親に救急病院に連れていくよう金を握らせて別れたのだ。しかし貧しそうなこの一家のバイクは、病院とは別の方向に消えていった…。
そして翌日。医師は、検死のために職場に運び込まれたその少年の遺体に遭遇した。昨晩のあの夫婦も、哀れな遺族として付き添っている。
我々はここから当然、少年の死因すなわち真実に目を向けていくのだが、それは、言わずもがな、主人公の医師がそうだからだ。少年の検死を担当した同僚は、食中毒によるものと結論づける。その報告書がある限り、前夜この少年を車ではねていた主人公に責任が及ぶことはない。しかし彼は、みえていない真実があるのではないかという思いに駆られ、報告を素直に受け入れることができないでいる。
自分じしんに何らかの責任を見つけ出そうとしているようにみえる医師。一方で、食中毒と判断されたことで、腐った鶏肉を買い与えた自分じしんを恨み、それを売りさばいていた男に重傷を負わせて逮捕されてしまう少年の父親。二人の男がそれぞれジレンマに陥り、ドラマは二重のループになっていく。ネタバレを避けて、医師が最後に決断してとった行動にはここでは触れない。
観終えてから、これが日本公開になったら、どんな邦題が相応しいかなどという妄想にまでたどり着いた。Vahid Jalilvand監督には今後も注目だと思う。
(2017年9月20日)

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アジアフォーカス2016の観客賞「ハラール・ラブ」 [レバノン]

ハラール・ラブ/Halal Love (and Sex) 2015
レバノン=独
アサド・フラッドカー監督

英語題を直訳すると「戒律に許された合法的な恋愛」となろうか。全体を構成している三つの物語のうちのふたつ,毎夜繰り返される夫の激しい性生活の求めに困っている妻,気性が荒く離縁と復縁を繰り返してしまいもうあとがない若いカップル,これらじたいは世界共通のあるあるでムスリムに限っての日常ではないが,その解決策が特有だ。第二夫人の活用や,他の男との婚姻による婚歴のリセットといったわれわれにはできない方法を,コメディタッチで興味深くみせている。
もうひとつの物語である,妻子ある男との結婚,これは逆にわれわれからみればタブーだが,イスラム教では合法。しかしこの女性は海外への逃避という、よくあるパターンで清算しようとする。ビザがおりないという落ちはムスリムだからということだろうか,それはよくはわからない。いずれにしても,どの物語も結局うまく解決しないのは,それこそ神の思し召しなのかもしれない。
(2017年9月15日)
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レバノン映画「Martyr」 [レバノン]

レバノン出身Mazen Khaled監督の「Martyr」(2017)。題の意は、殉教者と理解していいのだろうか。物語の真ん中あたりから書き始めるが、舞台はベイルート。肝試しのように、高い堤防の上から、競って海に飛び込む若者たちがいる。当地の流行りなのか、何か意味のある行動なのかどうかはよくわからないが、とにかく見物人も多い。
そして予感していたとおり、かなりの助走をつけて飛び込んだ一人の青年が、海底に身体を打ちつけてしまったのだろうか、溺れて死んでしまう。なぜ予感していたかというと、本作の出だしに、この青年と思われる男性の身体が水中に漂う、無音の数分間の映像があったからだ。アラブ系の男性はひげをたくわえていて年齢がわかりにくいが、溺死した青年もまだ若かったのだろう。無職の彼は寝起きからずっと両親にガミガミ言われていて、飛び込みに至るまでの間、ムシャクシャした様子が伺えた。
青年の遺体は、海から自宅まで他の仲間たちによって静かに運ばれていくのだが、その手順は様式化した動きに見えて、ちょっと注目させられた。いや、それだけではない、その後の母親の深い哀しみと嘆きの描写になるとそれは完全にステージパフォーマンスとなり、スクリーン画面はまるで劇場化されている。続いて青年の仲間たちは、おくりびととなって遺体を清め始めるのだが、これも同様に記録的なパフォーマンス映像になっていくのである。
本作全体として、一定の様式をまとった儀式のような体裁であったことに気づき、そして振り返る。殉教者という題の意味を。青年が亡くなって以降は口数も少なくなり、決められたとおりのように動くアラブの若者たちが、主人公の青年を含め、とてもイノセントに僕の眼に映った。第74回ベネチア国際映画祭。
(2017年9月14日)

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ネパールのドキュメンタリー「スナカリ」 [ネパール]

恥ずかしい話だが、スポーツには関心が全くない。
世界の映画を観ていて、一番よく取り上げられているスポーツは、サッカーなのかなあと僕は思う。
福岡フットボール映画祭2017の上映作品のひとつ、ネパール映画「スナカリ」(2014)は、山奥の村の女子サッカーチームを追ったドキュメンタリーとのことで、サッカーじたいには無関心だが、女子サッカーのドキュメンタリーというと、グアテマラの娼婦たちがサッカーの試合を通じて立ち上がる「線路と娼婦とサッカーボール」や、日本の監督が指導するヨルダンの女子サッカーチームを追ったWOWOWのドキュメンタリーくらいしか観た覚えがないので、フットボール映画祭なんて僕には敷居が高いのだけれど、ちょっと足を運んだ。今年のヨコハマ・フットボール映画祭で上映後、各地を巡回している一本のようだ。
1時間を切る長さで、ボラージ・バットという監督。タイトルもキャプションもクレジットも日本語に置き換えられて処理されている。オリジナル版を、日本上映向けに再編集しているのだろうか、日本語字幕には、誤変換や日本語としてこなれていない箇所もあるので、現地で処理されたのかもしれない。
さてこの作品、舞台として登場するネパールの山間の風景は素晴らしいが、ドキュメンタリーとして面白くない。Youtube上にあった本作の数分程度のダイジェスト映像(trailer)は、ニュース番組の特集コーナーの感覚でわかりやすく観ることができ、事実を伝えるものとして、十分によくまとまっている。しかし1時間ものの本編となると、観る者に肉薄する何かが欲しいが、ない。出だしの、家族を説得して試合に出場するくだりは、本人たち出演の下手な再現ドラマにしかみえず、こういう演出だと、ちょっと気の毒だ。
少女たちには、ナチュラルな能力が備わっているからか、スポ根的な場面もとくになく、それが必要と言っているわけではないが、「まあ観戦しなくても後日の結果記事を読めば十分」とスポーツに対して無関心を決め込んでいる僕の心には、なかなか刺さらずに観終えた。
(2017年9月5日)


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香港のドキュメンタリー「乱世備忘」 [香港]

日本・香港インディペンデント映画祭2017でとても評判だったらしいドキュメンタリー作「乱世備忘〜僕らの雨傘運動」(2016)の九州初上映を、第 31回福岡アジア映画祭で観た。香港が中国に返還されて今年で20周年を迎えるため、その記念日である7月1日前後には新聞や報道番組でもその20年間が振り返られている。当初は一国二制度が約束されながらも大陸の締めつけが厳しくなってきており、その中で起きた書店主行方不明事件も衝撃的だったが、2014年に起こった雨傘革命は、とくに後世からみても歴史的に重要な出来事となるものだ。
日本のテレビでは、恋ダンスまで踊る、革命のマドンナ的な逸材アグネス・チョウさんが特に取材対象になっていたので、香港の新人チャン・ジーウン監督の眼で、雨傘運動に関わる一般の若者たちに焦点をあてた本作こそ、われわれとの距離感が縮まる、すなわち立場置き換え可能な視点を与えてくれる。
20くらいの短いチャプター構成の中からは、力強い政治的主張や、死にものぐるいの闘い模様が、じつはそれ程には見あたらない。雨傘運動を支持して参加する若者たちの様子は、何だか部活動のようだ。陣を張りながらナンパもする。彼らの口からは、彼らと直接対峙している警官たちに関して、「警察も仕事だから…」といった感じの、とても冷静な割り切った発言が何度も出てくる。
そして雨傘運動の終焉、つまり本作の終わりからは、トーナメントに敗退して部活動の最後のシーズンが幕を降ろす、卒業のような、若さならではの感動が伝わってくる。
彼ら、彼女らの人生は、これから先どちらへと進んでいくのだろうか。学生運動家が卒業後は社会の一員になる、そういう道筋からみると、彼らの中から、例えば、向き合っていた警察側に進路をとる者も出てくるのかもしれない。観ていてそう感じさせることじたいが、彼らの青春の終わり、そのものなのだと思う。
(2017年9月4日)

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トルコ映画「Meteors」 [トルコ]

第70回ロカルノ国際映画祭でプレミア上映されたという,トルコ=オランダ映画「Meteors」(2017)は,トルコ・イズミール出身Gürcan Keltek監督の長編第一作だそうだが,ちょっと変わった作品。
全編モノクロで,全体は6つのチャプターから成るが,山中の狩りの風景が望遠で延々と納められたフレームあたりは,何とも実験的。また,兵士たちが進軍していくところは,観ていてまさにドキュメンタリーだ。そして,作品全体の大きな幹となるところは,政府軍とクルドの衝突を描いた真ん中部分のパートになるが,ここでは一人の女性を中心人物iに置き,そのナレーションを全体的に活かしたドラマだ。しかし,そのなかでは村人たちへのインタビューも織り交ぜられていて,社会的,政治的な表現である。演じているのか、リアルなのか…。不思議なパックワーク的構成の最後には,作品題となっている流星が降り注ぎ,幻想的に村のすべてを彩っていく。
さて、全編は一時間半足らずだが,ものすごく短く感じながら観終えた。「あれよあれよという間に」という表現は,こういう時にも使おう。
じつは,モノクロ映像なので,前半から中盤に映される砲火や煙などが,最初は花火なのか何なのか呑み込めずに反芻しながら観てしまっていて,だから最後の流星の雨も,その題名から,正体がじわじわとあとから呑み込めてきた。これが監督の術なのかあ。(2017年9月3日)

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ラオスのホラー映画「Dearest Sister」 [ラオス]

ラオス=フランス=エストニアの映画「Dearest Sister」(2017)は、例えると、ビエンチャンを舞台にした〝世にも奇妙な物語〟的なドラマだ。ラストはちょっとゾーッとさせる展開になるが、全体的には不思議なお話。Mattie Do監督は、ラオス映画を初めてカンヌのフィルムマーケットに出した監督とのことで、本作は彼女の2作目。欧米で映画製作を学んでいて、SFXも使われ、タイのホラー映画のような仕上がりである。
貧しい田舎暮らしから出稼ぎのような形で、娘Nokが、都会のビエンチャンで暮らす従姉Anaの家で暮らすようになる。ヨーロッパ人の夫は事業をしていて、住込使用人もいるAnaの暮らしぶりは裕福である。ただ不幸なことに、Anaは眼を病んでいて、徐々に視力を失いつつある。Nokには、そのような従姉の世話が期待されるのである。
ここから先、不思議な現象が繰り返されていく。Anaの病んだ眼の前には時折、亡霊が現われるが、その亡霊の姿はNokには見えない。その霊媒行為の瞬間には、発作的にAnaの口から3つの数字が怯えるようにして呟かれる。それを覚えていたNokは、従姉が呟く数字どおりにロトくじを買うと、その度に大当たりが連発!
当たりの数字が予言できるというのは、物語的には少々都合がいいが、汗をかかずとも金を手に入れる方法を知ってしまうと、人間は変わるもの。Nokは段々と欲深くなり、欲深くなると、周囲との関係もこじれていく。Nokを演じる女優が僕のタイプの顔だちで、ラオスの普通の若い女性の自然な振舞いに見えて、表情もいい。
お告げのきっかけとして登場する亡霊じたいは、それほど怖くもなく観てきたが、後半になってこの亡霊たちは、これから命を落とす運命にある人々の姿が、これまた予言的に、Anaの前に現われているのだという仕組みに僕はやっと気付いた。
そうすると、結末は怖い。かすかな視力でAnaに一瞬だけ見えたものは、NokとAnaがこれから迎える血塗られた悲劇。それが、ほんとうに刹那の間だけチラリとみえてゾーッとするのだ。
蛇足だが、日本人役が一人出演していて、エンドロールの名はBrandon Hashimoto。エグゼクティブ・プロデューサーでもあるとのこと。
(2017年4月28日)

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異色の移民ドラマ「The Last of Us」 [チュニジア]

これまで、アフリカや中東から命がけでヨーロッパを目指す人々を描いてきた多くの映画のように、この作品「The Last of Us」(2016)の主人公も、アフリカから地中海の向こう側の世界へ渡ることを試みる。チュニジア=カタール=UAE合作だが、これが劇映画第一作のAla Eddine Slim監督がチュニジア出身であることから、おそらくこの主人公の若い男はチュニジアを離れたいのだろう。推測が必要なのは、この作品には全くセリフがないからで、登場人物も数えるほどだ。
映画は砂漠から始まる。男は仲間と砂漠地帯を越えていくが、その仲間とはそうそうにはぐれてしまう。密輸か何かのトラックに便乗して移動、海辺までたどり着くと、小舟を盗んで出航する。会話が一切なく、風や自動車の音といったノイズだけが強調されて聞こえ、男の行動が、いっそう、秘匿な不法行為にみえてくる。
小舟は難破してしまったらしく、動物捕獲用の罠に引っかかったことで男は意識を取り戻し、自分の居場所が迷い込んでしまった林の中であることに気付く。彼はそこで狩猟をして暮らしている野生人の男と出会い、その弟子のような形で,おそらく期待していただろうヨーロッパ世界での生活とは全く異なる原始的な暮らしを始めることになる。もちろん無言のままで。その師匠が命を落とし、最後に彼は,滝を前にして意を決したように丸裸になる。そして、彼の身体はしだいに自然風景の中に溶けて消えていく。主人公がたどりついたこの密林の世界は,彼が抱いてきた夢に対するアンチテーゼだったのか,それとも遭難した彼が迎えた死後の世界だったのか…。曖昧にして不思議な余韻を残す異色作だ。
第73回ベネチア国際映画祭で、優れた新人監督に贈られる未来の獅子賞を獲得したそうだ。
(2017年2月22日)

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Yosep Anggi Noen監督の最新作「Solo, Solitude」 [インドネシア]

何年か前の釜山国際映画祭で観た「Peculiar Vacation and Other Illnesses」(2012)の、心に染みいる男女間の機微が今も忘れられないYosep Anggi Noen監督は、その後には南城市をロケ地に沖縄県が製作して第7回沖縄国際映画祭に出品された短編「ルマ(Rumah)」(2015)の監督・脚本・編集も務めたそうだが、第69回ロカルノ国際映画祭では、最新作「Solo, Solitude」(2016)がワールドプレミア上映された。
先にシノプシスを読むと、民主化運動を封じ込めてきたスハルト独裁時代、活動家たちに大きな影響を与えたインドネシアの詩人Wiji Thukulについて描いたとのことだが、観終えて、なお前作同様に、男女の間にある、空気の流れのように眼にはみえない心のキャッチボールに深く感動した。
最初にテロップで、1996年に起こった民主化を求める暴動によって当局の取り締まりが激化し、Wiji ThukulはSoloの街から900km以上離れたボルネオに逃れたと説明がある。まずは社会派ドラマだろうかと思って観始める。Soloに残った妻子のところへも警察がやってくるだけではなく、日常を監視される。Wiji Thukulは避難先で名前を変えて詩を書き続ける。
男女間と書いたけれども、夫婦が揃う場面は最後にしか訪れない。それまでは別々の日々が過ぎるだけだ。それぞれの生活描写がまたいい。そして終盤に二人が旅館のひと部屋で密会する長回しの場面が、それがとくに感情的ではなくて日常のひとコマのようにさりげないのだけれども、かえって強く印象付けられる。この長回しの場面がエンディングとなって、ドラマは再びテロップの情報で締めくくられる。スハルト退陣時には、Wiji Thukulは行方不明になってしまっていたということ…。そうすると最後の場面がメモリアルのように思えてくる。
Soloという地名がそのまま英語題名になっているが、僕らが日ごろ単独、ひとりの意味で使う「ソロ」に重ねてみてしまうと、いっそう淋しくなる。
(2017年2月15日)


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Oliver Laxe監督の「Mimosas」 [モロッコ]

事前に眼を通したシノプシスでは、登場人物たちはアトラス山脈越えを目指すということなので、モロッコが舞台なのだろう。スペイン=モロッコ=フランス=カタール合作の、Oliver Laxe監督によるこの「Mimosas」(2016)は、十分には理解できないけれども、面白く観た。全体にわたって、宗教的な意味合いや解釈が込められているのかどうかまで、よくわからない。物語はひとつだが、3つの章に分けられている構成にも何か意味がありそう。しかしそういう重要かもしれないことを置いても、過酷な山脈を越えて遺体を届けようとするロードムービーとして、不思議に惹かれる作品だ。
移動を続けるキャラバン隊の中に、Sijilmasaという街で葬祭して欲しいとそこを目指したい老人がいる。しかしそうそうに息を引き取ってしまった。老人の目的地はルートから外れた山脈の彼方。危険だとキャラバン隊から遺体運搬を断られた老人の妻は、隊に混じっていた二人の若者に依頼し、それを引き受けた彼らの旅が困難を伴いながら始まる。
宗教家風の青年が道先案内人の如く二人に加わり、さらに口のきけない若い娘とその父親が加わる。厳しく険しい斜面や岩山が続く。遺体を乗せた馬が行方不明になったり山賊に襲われたりと、観ていて笑ったりハラハラさせられたり。
成り行き任せの旅なので、遺体運搬から誘拐された若い娘の救出へと、話が急旋回していきながら決着はみえない。みえないから心に留まった。
(2017年2月8日)


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