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フィリピン映画「Respeto」 [フィリピン]

CM・ミュージックビデオ界出身のAlberto Monteras Ⅱ監督による第一作「Respeto」(2018)は,スラムの貧しい暮らしの中で希望を見出そうとしている今どきの少年たちと,マルコス時代の苦悩を今も抱えながら生きる老人という,一見何ら接点のなさそうな二つの世代を,ラップ・ミュージックで繋いで描くという,ちょっと新感覚でありフィリピンらしい作品だ。ポスターのビジュアルはとってもポップなのだけれど,タイトルはリスペクトの意味なのだろうか,そうであれば,本作の真摯な立ち位置が感じられる。Hendrix という主役のティーンエイジの少年を演じているのは,Abraというフィリピンの人気アーティストだそうだ。
Hendrixたちの,自分たちの想いをのせたラップの場面が冒頭からふんだんに出てくる。ラップは彼らの存在証明だ。若者たちによるラップバトルは,切り替えの速い台詞字幕になかなかついていけず,彼らの発する言葉をストレートには理解できないものの,圧巻の場面の連続だ。
そういう彼らと老人との出会いは,Hendrixたちが老人Docが店主をしている古本屋に盗みに入ったことがきっかけだった。このできごとを含め,Hendrixの姉貴の彼氏がギャングの世界に関わっていることが,物語そのものを悲劇的なラストへと導いていくのだが,軸となるのは二つの世代の交流だ。事件をきっかけにして,Hendrixたちが次第にDocをリスペクトしていくのだ。Docはマルコス時代に詩人として活動していて,警察に妻や子どもを殺された、とてもつらい過去を持つ。Docの存在や言葉がHendrixたちへの影響となって,ついにはラップバトルでの成功へと導いていく。一方で若者たちから刺激を受けたDocの方も輝き出すのだ。
悲劇的と書いたとおり,Hendrixの仲間の一人は巻き込まれる形で殺されてしまうのだが、そういう物騒な環境の中だからこそ、人と人との,それも世代を超えての結びつきが美しく、そして愛おしい作品となっている。第47回ロッテルダム国際映画祭ブライト・フューチャー部門上映作品。
(2018年3月18日)

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シリア難民の問題に焦点をあてたドキュメンタリー「Counting Tiles」 [シリア]

レバノン出身のCynthia Choucair という女性監督が,シリア難民の問題に焦点をあてて製作したドキュメンタリー「Counting Tiles」(2018、レバノン)は,観る前から僕が勝手に思い描いていた内容からすると,いい意味でだが,肩透かしを食らった。
NGOらしいが,“国境なき道化師団”,“国境なきピエロ団”とでも訳すべきなのだろうか,そこのメンバー数人が,シリアからの難民が数多く押し寄せているという,ギリシャのLesbos島に向かう。しかしその地に着いたボランティアの彼女ら(ピエロの二人は女性だ)が眼にするものは,棄てられた大量の救命胴衣の山であって,本作には最後の最後まで,難民はただの一人も登場しない。「ボートに乗って命がけで渡ってきた難民たちに,ピエロの大道芸が笑いを届け,それが一服の清涼剤となる」といったような期待どおりの画が全く登場しないのだ。この事実は,観ている僕ら以前に,まずは当のピエロたちにとって,ただただ困惑であり,その混乱した姿が,子どものころ戦中のレバノンからギリシャへ渡った経験を持つ監督を含めた,彼女たちじしんの振り返りとともに,1時間半にわたって描かれていく。タイトルは,タイルを数えながら母親の帰りを待っていた監督の少女時代からか。
せっかくのピエロの存在意義として,なかなか不幸な人々が出てこないことに最初疑いを感じてしまった自分が恥ずかしい…。われわれが難民問題に向き合っていくにあたって,そのカウンターパートとしても必要な作品だと思う。第47回ロッテルダム国際映画祭ブライト・フューチャー部門上映作品。
(2018年3月10日)


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パキスタンの婚礼を描いた映画「Noces」 [パキスタン]

第8回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルの中から,フランス=ベルギー合作の「婚礼(Noces)」(2016)を観た。監督は Stephan Streker。
祖国から離れて暮らすパキスタン系の一家の家族ドラマだ。とはいっても、同じくパキスタンの伝統的結婚を描いていて今ヒット中の「ビッグ・シック〜ぼくたちの大いなる目ざめ」とは味つけが異なる。
18歳の娘ザヒラは,ヨーロッパで育ってきて,人生観も両親とは違う。妊娠して中絶するか産むかという葛藤が,等身大の少女としてリアルに描かれる。悩む彼女に対し,すでに嫁にいっている姉からは,中絶後は処女膜再生手術をすればいいのよと助言される。パキスタンの伝統や習慣なんて,そういう彼女にとってはこれまで無縁のようだった。
そこへ両親が,祖国の風習に沿って,彼女に縁談を持ってくる。ここから先の描写はちょっと新鮮だ。両親が勧める見合い相手の同郷3人の男は,いずれもパキスタン在住。だからテレビ電話を経由してのお見合いになる。そして,悩みながらも決心して、そのうちの一人と挙げる婚約式も,親族が集まるそれぞれの家をネットで中継して行うのだ。現在のネット社会では本当にあることなのだろうか、まさに会ったこともない男性と結婚するなんて。
「昔ながら」と「今どき」の交わりが面白いなんて思っていたら,ザヒラは最終的に,祖国の伝統よりも,西洋的な自由を選んでしまう。そのことで唐突に悲劇的な結末を招くとは…,ちょっとどっきりさせられた。
(2018年2月26日)
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22nd BIFFから/中国映画「One Night on the Wharf/在碼頭」 [中国]

ニューカレンツ部門でワールドプレミアされた「One Night on the Wharf/在碼頭」(2017)の上映前の檀上には,本作が初監督作品となったHan Dong監督とともに,作品プロデューサーのジャ・ジャンクー監督も姿をみせた。プロフィールによると,Han Dong監督は詩人,作家として名高く活躍しているそうで,過去のジャ・ジャンクー作品にも参加しているらしい。
英語題だと“埠頭の一夜”となるが,まあそのとおりで,渡船への乗り遅れからはじまる一晩のできごとを,とにかく心地よく感じるほどのユルさで描いたブラックコメディ,というか闇夜で繰り広げられる喜劇だ。乗り遅れるのは詩人たちで,何だか気取った言葉が最初から多い。渡船場ではキオスクの娘をナンパしようとしている。そこへ警備員やチンピラが絡んできて,ドラッグ騒動もあって,バカバカしいような場面が,警察や埠頭事務所と場所を変えては繰り返されていく。
クセが強いが、愛せる作品だ。ラストの船上でのバカ騒ぎが,何だか幸せな気分にさせてくれる。
このあとで知ったが,ジャ・ジャンクー監督が中国・山西省で国際映画祭を立ち上げ,プサンの後に開催されたとのこと。「One Night on the Wharf」も当然上映されたそうだ。
(2018年2月22日)

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2017年の良かった映画 [そのほか]

[外国映画]

とくに良かった
たかが世界の終わり(グザヴィエ・ドラン監督/カナダ=フランス)
ホワイト・バレット(ジョニー・トー監督/香港=中国)
エリザのために(クリスティアン・ムンジウ監督/ルーマニア=フランス=ベルギー)
灼熱(ダリボル・マタニッチ監督/クロアチア=スロベニア=セルビア)
THE NET 網に囚われた男(キム・ギドク監督/韓国)
人生タクシー(ジャファル・パナヒ監督/イラン)
メッセージ(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ)
皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ(ガブリエーレ・マイネッティ監督/イタリア)
ベイビー・ドライバー(エドガー・ライト監督/アメリカ)
新感染 ファイナル・エクスプレス(ヨン・サンホ監督/韓国)
汚れたミルク(ダニス・タノビッチ監督/インド=フランス=イギリス)
オン・ザ・ミルキー・ロード(エミール・クストリッツァ監督/セルビア=イギリス=アメリカ)
希望のかなた(アキ・カウリスマキ監督/フィンランド)

良かった
アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場(ギャヴィン・フッド監督/イギリス)
ブラインド・マッサージ(ロウ・イエ監督/中国=フランス)
雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(ジャン=マルク・バレ監督/アメリカ)
バーフバリ 伝説誕生(S・S・ラージャマウリ監督/インド)
パトリオット・デイ(ピーター・バーグ監督/アメリカ)
ありがとう、トニ・エルドマン(マーレン・アデ監督/ドイツ=オーストリア)
コール・オブ・ヒーローズ/武勇伝(ベニー・チャン監督/香港=中国)
ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード監督/アメリカ)

思ってたより良かった
王様のためのホログラム(ジョニー・クリメック監督/アメリカ)
カンフー・ヨガ(スタンリー・トン監督/中国=インド)

[日本映画]

とくに良かった
人生フルーツ(伏原健之監督)
LIVE FOR TODAY 天龍源一郎(川野浩司監督)
バンコクナイツ(富田克也監督/日本=フランス=タイ=ラオス)
PARKS パークス(瀬田なつき監督)
夜空はいつでも最高密度の青色だ(石井裕也監督)
幼な子われらに生まれ(三島有紀子監督)
彼女がその名を知らない鳥たち(白石和彌監督)
光(大森立嗣監督)
ビジランテ(入江悠監督)
勝手にふるえてろ(大九明子監督)

良かった
牝猫たち(白石和彌監督)
愚行録(石川慶監督)
彼らが本気で編むときは、(荻上直子監督)
彼女の人生は間違いじゃない(廣木隆一監督)
ナラタージュ(行定勲監督)

※1月1日から12月31日までに劇場で観た封切の新作131本から(映画祭上映などは除く)。順は年頭からの観賞です

(2017年12月30日)

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22nd BIFFから/アフガニスタン映画「A Letter to the President」 [アフガニスタン]

アフガニスタンにおけるポスト・タリバン世代として誕生した初の映画監督だという女性監督Roya Sadatの第一作「A Letter to the President」は,イスラム社会において男性から責められる立場にいる女性の痛ましい物語で,米国アカデミー賞外国語映画賞のアフガニスタン代表作品にもなったそうだ。
主人公は,二人の子をもつSorayaという女性で,国の機関なのだろうか,例えば妻を虐待する夫を取り締まるような立場にあり,男性と対等に働いている。しかしそのようなSorayaでさえ,家に帰ると,暴力的な夫や義父から不当に抑圧されている。ある日彼女は,激しい口論の末,正当防衛のような形で夫を殺してしまい、その結果,刑務所に送られてひたすら刑を待つ身となる…。
アフガニスタン大統領へと届いた,まるで小説本のような彼女からの手紙を,執務室にいる大統領夫妻によって読み解かれていくことで,今そのような境遇にいるSorayaの物語は順を追って描写されていく。
社会に影響力をもった義父によって,Sorayaはアル中にまで仕立て上げられて,裁きの場でも彼女は不利な立場に置かれ極刑に処されることになってしまうのだ。田舎の村の嫁のみならず,正義感を持ち,観ていて,これからの女性の地位向上についての象徴的な存在になるのではないかと思われたキャリアウーマンのSorayaでさえ,このような状況に陥ってしまうということは絶望的である。
観ているわれわれ同様に衝撃を受けながら,大統領はSorayaからの訴えの言葉に眼を通している。しかしそれと同時進行でまさに今,Sorayaは処刑場へと護送されているのだ。大統領のゆっくりとした所作が,じれったい。最後まで手紙を読んだところで,大統領はやっと刑の執行停止の命令を下す。しかしその指示を伝える電話はもう現場にはつながらない。すると,空軍を飛ばしてでも止めろという新たな指示。
連絡のために走る兵士,絞殺場へと歩みを進めるSoraya。あゝ本当にじれったい…。果たして間に合うのかどうか,物語の結末は不明のままに終わる。
重たい抑圧を観せられ続けた僕らが作品から感じる,最後まで続くこのじれったさは,未来を向くアフガニスタンの女性たちがもっている果てない苛立ちや焦燥に比べると、小さじ一杯にも過ぎない。
10月15日、CGV Centum City Stariumにて。
(2017年12月21日)

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22nd BIFFから/ネパール映画「Goodbye Kathmandu」 [ネパール]

2002年のアジアフォーカスで福岡上映された映画「ビューティフル・フラワー」(2002)のナビン・スッバ監督(ネパール)の最新作「Goodbye Kathmandu」(2017)が,釜山でワールドプレミア上映された。監督の名前を聞くのはそれ以来のような気がするが,最新作の舞台となるのもちょうどその頃,2004年のカトマンズだ。当時ネパール国内は混乱状態にあった。ナビン・スッバ監督が来福した当時の母国内の状況を,本作を観ることであらためて知ることになった。
物語のなかでは,いつもラジオやテレビからマオイストによる武装活動と国王軍の動きが伝えられ,緊張状態にある。並列してリアルに描かれる3人の青年の生活には,そのような社会の大きな揺らぎが影を落としている。とても貧しい家庭環境の中でロックミュージシャンを目指すMangal,米国から戻りインターネット関係の会社を興したいAmar,名家の家柄に反発して不良の女子と乱れた関係を続ける高校生Rabin。
Mangalの奏でるロックミュージック,Amarが保存しているデジタルフォト,Rabinがしけ込むホテル,彼らの具体的な日常がそこにありながらも,何だか落ち着かない気持ちで観てしまう。
始まって1時間ほど経ってだろうか,爆弾テロに巻き込まれてケガをしてしまうAmarをMangalが目撃する…,登場人物たちの突然の交錯は,かなり衝撃的だ。
社会の状況は,最終的に3人に対してそれぞれの決心を迫る。長くてもじゃもじゃの髪を切るMangal,米国へ戻ることを決めるAmar,女と別れて旅立つRabin。“グッバイ,カトマンズ”と腹の底から吐き出すような幕切れだ。
今年創設されたキム・ジソク賞のノミネート作だったが、後日受賞は逃した。10月15日、Lotte Cinema Centum City 5にて。
(2017年12月11日)

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22nd BIFFから/カザフスタン映画「Alone」 [カザフスタン]

幼いころに読んで,いまなお心に残っているひとつに「せかいにパーレ,ただひとり」という絵本がある。主人公の少年がある朝目覚めると,街には自分以外だーれもいなくなっているというお話で,それは自由と孤独が共存する世界なのだが,子どもの僕にとっては,無性に怖い一冊だった。釜山国際映画祭でワールド・プレミアの,Akan Satayev監督によるカザフスタン映画「Alone」(2017)を観た途端,パーレで描かれたその世界をちょっと思い出してしまった。
無人世界が共通というだけで、絵本のテーマとはもちろん別。映画の舞台はアルマトイだと思われる。高層ビルが連なる近未来の街並みのなか,若い女性と少女が闊歩する。どうやって撮影したのだろうかと不思議に思うくらい,全編にわたってこの二人以外の姿はなく,街は気持ち悪いくらいにどこまで行っても無人だ。指紋認証で駅の改札が開き,他には誰ひとり乗っていない地下鉄がホームに滑り込み,それに乗ってスタジオのようなところに向かい,女性はCDの曲にあわせてバレーを舞う。そんなことの繰り返し。
この二人は,超豪華なマンションで暮らしている。あまりにも広い部屋で過ごしているが,二人の会話も最小限で,日々の先に何があるのだろうかと,どこをみても非日常的だ。ところどころに水中で舞う女性,砂浜で舞う女性といった幻想的なカットが差し込まれるが,そもそも全体として実験的な作風に包まれている。
とはいえ,この二人はやりとりからみて母娘であることから,では娘の父親はどこに?,そういった疑問は普通に出てくる。少女は,スクリーン上には描かれない“彼”が見えるのだと何度も言い,その姿を追って,無人の街を駆けていく。
そのうちに,この二人だけの世界じたいが,おそらくこの女性の幻想の世界なのだろうと薄々気づいてくる。本作はその気づきにちょうどいいくらいの60分ほどの長さなのだが,これは若い母親とそこには実在しない彼女の娘との関係を描いた物語なのではないか。存在するべき人々は世界から一人残らず消去してしまい,存在しない娘だけがいる日常…。
わかりやすい終わり方が最後に用意されている。娘が地下鉄にはねられそうになって駅のホームに多くの人々が突然現れて,それまでの無人静寂の世界に突然ノイズ音が溢れ出す。女性の夫らしき男もそこにはいる。喧しいばかりの雑踏の響きに、これほどまでに安心を感じてしまうとは不覚だ。
無機質感にあふれた街並みや、豪華な装飾が印象的な地下鉄構内などのアルマトイの風景は、無人世界のロケーションにぴったりだと思った。10月15日、Megabox Jangsan Haeundae 5にて。
(2017年12月5日)

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22nd BIFFから/ベトナム映画「The Tailor」 [ベトナム]

一般にベトナムと聞いて連想するもので上位にくるのは,きっとアオザイだ。映画「The Tailor」(2017)は,そんなアオザイの,9代続くという老舗の仕立て屋を舞台にしたタイムスリップもので,ベトナムを代表するファッションを色鮮やかに世界へ向けてアピールするエンターテインメント作だ。
1969年時点,この店には多くの働き手もいて盛況だ。跡継ぎには二人の若い娘がいるが,妹は店主である母親から店の伝統技を受け継ぐ気構えでいるのに対して,姉のNhu Yは完全に洋装志向。それは,本作の冒頭がフレンチポップの魅力にあふれた世界であるところからもみてとれる。そういう西洋かぶれのNhu Yが伝統の織布でつくられたアオザイを着たことをきっかけに,突然48年後の現在、2017年にワープしてしまう。
そこでまず出会ったのは未来の自分じしんで,代々の店を駄目にしてしまって自棄になっている。未来世界にいる,そのアル中の太った女性は、一人二役で演じられてはおらず,それがNhu Yだとはなかなか判別しにくいが, “オーララ”という驚いた時の特徴的な口癖から,当の本人も,われわれ観る側も気づいていく。
2017年には妹の娘,つまりNhu Yにとっての姪が,実力あるデザイナーとして活躍している。物語は,Nhu Yの自分探し,原点振り返りの旅として,明るく楽しく展開していく。結末はお見込みのとおりで,未来での経験をもとに,Nhu Yは過去に舞い戻って店を…,というところである。
本作には,観月ありさみたいな,橋本愛みたいな,吉田羊みたいな,ベトナム女優たちがファッショナブルに登場してきて豊かな気分になるが,女優たちの見た目の年齢はちょっと気になった。1969年の二人の娘の母親は若く綺麗すぎて三姉妹のようにみえたし,2017年の老いたNhu Yは70歳前後の設定であるはずが,せいぜい中年だ。ファッションをテーマとした映画の出演女優に,もっと老けろというのは無茶な注文なのかな。
同じ日に観たカンボジア映画「Poppy Goes to Hollywood Redux」と共通するところがあった。それは最後には,エンドロールでハッピーエンド風に踊って締めくくるところだ。10月14日、CGV Centum City Stariumにて。
(2017年12月2日)


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22nd BIFFから/Poppy Goes to Hollywood Redux [カンボジア]

カンボジアの映画で「Poppy Goes to Hollywood Redux」(2017)。撮ったのは,これが2作目というVisal Sok監督。始まりの部分でちょっと発展途上な感じがして、上から目線で観てしまったのが反省点だが、国内興行的にはそこそこ楽しまれる商業映画だと思う。昔のドタバタ・コメディを観ているようなかなり古くさいところが、珍しさ懐かしさもあって、釜山国際映画祭でも入選したのかもしれない。
借金に困り,かなり濃いダンサーさんたちの揃ったプノンペンのゲイ・バーで,雑用係として働くことになった若者Monyが主人公。店の外で起きた殺しの現場を目撃したことでチンピラたちに追われることになった彼が,女装してPoppyと名乗り,店のドラッグ・クイーンたちと連れ立って田舎の村の潰れかけたクラブHollywoodに逃げ込んで,ついにはそこを再建するという,多少の人情味も加えられた喜劇だ。
Monyは偽りのゲイなので,本物の美女に接触しては下半身が激しく勃起してしまうといった,あまり上品ではないギャグが連発される一方で,トランスジェンダーに対する偏見や軽蔑への反省といった視点もある。この村の村長の音楽嫌い芸能嫌いは,クメール・ルージュの弾圧が原因だったというエピソードにもなっている。
しかし,片田舎にまでこんなクラブがあるのかと思うHollywoodの主人などをみると,ご存じない人ばかりかもしれないが,ばってん荒川を思い出してしまう。ドラッグ・クイーンたちは,蔑視されるような変態ではなく,基本的にはエンターテイナーなのだということが、こういう点から再認識される。個人的に好きなのは,殺人事件の目撃者捜しのために時々登場する男女の警官コンビの場面で,後輩の若い女警官は僕好みの美人だし,彼ら以外の登場人物は皆クセが強いだけに,まともというか洗練された登場人物にみえてしまう。
クラブの復活だけでなく,チンピラたちも最後には逮捕されて,本当にハッピーエンド。エンドロールでは,ドラッグ・クイーンもチンピラも,登場した主要人物たちはみんなみんな,ロック調のダンス音楽に合わせてノリノリに踊ってしまっているところは,カンボジア映画のハッピーな未来を予告する。
英語題は、80年代に流行ったFrankie Goes To Hollywood「Relax」をもじっているのかなあ。10月14日、Lotte Cinema Centum City 4にて。
(2017年11月28日)

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