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17th BIFFから/ Midi Z監督の長編第二作「Poor Folk」 [ミャンマー]

昨年の釜山で鑑賞した「Return to Bruma」のMidi Z監督の、それに続いての長編第二作「Poor Folk」(2012)を今年も第17回釜山国際映画祭で追いかけ観た。前作同様にミャンマー・台湾の合作で、Midi Z監督は製作・脚本・撮影・編集も務めている。観たのは10月7日、Megabox Haeundae 1。上映前に監督が紹介され「前作は“リターニング・トゥ・ビルマ”がテーマでしたが、今回は“リーヴィング・フロム・ビルマ”です。どうぞご覧ください」と挨拶された。
「Poor Folk」というタイトルは、劇中で出てくるトルストイだったかドストエフスキーだったかの本の題名からもってきているのだろうと思うが、映画には途中途中で「窮人」「榴槤」「麻薬」「偷渡客」と小見出しのようなタイトルが現れる。作品ポスターにもそう表記されていたが、本作は明確に短編4つで構成されているわけではなく、本当に小見出しというか、仕切りのような感じだ。
“リーヴィング・フロム・ビルマ”という事前の説明どおり、映画の舞台はタイ。登場人物は不法滞在者たちである。バンコクで中国語の旅行ガイドをする傍らで麻薬の売買にも手を染める、中華系のミャンマー人A-fuと、彼を頼って国境を越えてきたA-hongの男ふたり。A-hongの夢は大金を稼いで、先にタイへ売られて来ている妹Ting Tingを連れ戻すこと。もう一人の主要な人物は、出稼ぎにきている売春宿の女性San-mei。IDが入手できなくて身動きが取れず、ここで働くしかない…。彼らの孤立感が写実的に描かれる。
Midi Z監督の作家性は、前作よりもさらに極められた。手持ちのカメラを多用し、あまりにも長回しのカット。それは決してドラマチックではない。そのために、登場人物たちの選択肢のない生き方をしっかりと凝視せざるを得なく、そのうえ半端に出てくる小見出し的なタイトルが、その都度ひっかかりを残していく。
延々としている中にはブラックユーモアも散りばめられている。ミャンマーとの国境にある、大穀地(Dagudi)という不法難民が多く住む村で物語は展開するが、ここのおばちゃんたちの終わりのない雑談も、仕事中の観光地でのA-fuたちの長々とした雑談も、妙に印象に残る。
終盤でTing Tingが逃げ出した時、その兄のA-hongは、家族を養うために耐えようと、妹を諭す。そう言わざるを得なかったA-hongを、今度は兄貴分のA-fuが食堂に連れて行ってなぐさめる。「ビルマでもチキンライスが食べられるかなあ」と尋ねるA-hongへの答えは、ノー。その“ノー”は、ドラマの中では単なる一言なのかもしれないが、彼らの希望すべてに重くのしかかっている現実の行方を暗示するエンディングとして、あまりにも強烈にわたくしの心に響いた。
野党党首アウン・サン・スー・チー女史が今年選挙に勝ち、世界に対してミャンマーの民主化を発信し始めた。中国の五分の一ほどの賃金は、各国の企業にとって魅力的に映り、いま大都市ヤンゴンを中心にビジネスブームが起きているという。成田からの直行便も先月12年ぶりに再開された。大都市から、製造業から、少しずつ活性化されていくのだろうと思うが、それが農村部まで届き、農民の生活まで変わっていかない限りは、これまで国際社会で孤立してきたミャンマーの“Poor Folk”とっては夜が明けない。
(2012年11月19日)

Poor Folk.jpg
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16th BIFFから ~ 新人監督によるミャンマー=台湾の合作映画 [ミャンマー]

今年3月に新政権が発足したミャンマーについて、国際ニュースでは、政権がアウン・サン・スー・チー女史との対話を重ねて民主化を進展させるかのような態度をみせながらも、いまだ軍の権限を維持している姿勢が報道され、“民主化へ向けてどう動くのか”ということが大きな関心事となっている。
そういう状況において、本作「Return to Burma」(2011)は、ミャンマーの若者たちが国内では希望が見出せず、貧しい生活を強いられているという、国の足元の部分を、出稼ぎから故郷の村に戻ったミャンマー人の青年Xing Hongの眼を通してリアルに描いている。
台北の建設現場で働く彼は、正月の休暇で12年ぶりかで里帰りする。現場で事故死した同郷のRongの遺骨を届けることの他、おそらく母国の変化というところも帰郷の理由にあるはず。ヤンゴンに到着して、バス、バイクタクシーと乗り継いで、村へと向かう。バスの中では“民主国家となるために…”とラジオから逞しく流れる。しかし田舎の風景も人々の暮らしも、彼から見ると相変わらずである。Xing Hongはさっそく村の成功者として迎えられ、母校では講演会も催されて、努力することを強く説いてみせる。
故郷は何もかも変わっていないのに、戻った彼じしんはちょっと、ストレンジャーのような振る舞いをみせている。何につけ、値段を訊くのだ。まずはサラリーの話。まるで日本人が旅先で、「この国では初任給はいくら?」とやたらに訊きたがるように。兄や仲間の稼ぎは、台北でのそれの10分の1だと知ってあきれる。マレーシアに出稼ぎにいったらどうだなどと勧めながら、皆で一晩呑む。それからも、街の電器屋で開業資金や家賃、工場では危機の費用、また三輪バイクの車種別の価格や維持費、果てには商売女の値段まで、メモまで取って、まるでインタビュー取材のようにもみえたが、よく考えると、Xing Hongはミャンマーでビジネスを起こすつもりだったのかもしれない。
この作品の監督・脚本・撮影・編集はMidi Z(趙徳胤)。ミャンマー出身、台湾で映画製作を学んだ新人であり、誰もが、監督じしんの姿勢がこの主人公に投影されているという見方をするだろう。しかしそれだけではなくて、主人公Xing Hongが、身を粉にして働くことを提唱する姿は、今のミャンマー人の、幸せになりたいという普遍的な希望の象徴にもなっていると思うのだ。
中国に売られていった女性や、つらくてもう出稼ぎ先に戻りたくないと嘆く男の話も交えながら、最終的には、今度は彼の兄のDe Wenが、友人とともにマレーシアに向けて旅立つのだが、その前夜に送別会があって、仲間たちとカラオケで熱唱するシーンがあった。明るいポップスなのだけれどその歌詞の内容がこうだった。「…和平を願う、皆きょうだいのように支えあって、憎しみを捨て、新しい世界を作ろう、われら母なる大地の子ども…」。
作品じたい、ドキュメンタリータッチなのだが、ミャンマーの若者たちの、駆り立てられるような想いがちょっとみえた気がした。リターン・トゥ・ビルマ(ビルマへ帰る)であって、リターン・トゥ・ミャンマーではない。政府がやるべきは外枠の変化であって、人々の方は、内なるところでチェンジを切望している。
(2011年10月19日)

Return to Burma.jpg
ポスターには、台湾題名で「帰来的人」と併記されている

The Lady.jpg
今年の釜山国際映画祭では、アウン・サン・スー・チーを
ミシェル・ヨーが演じる、リュック・ベッソン監督作「The Lady」も上映

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ミャンマー映画を観ることができる機会はとても少ない [ミャンマー]

ミャンマーにも、もちろん映画産業はある。ミャンマー出身のモンティンダン監督にいろいろと教えてもらったことはあるが、参考になるのは、映画評論家・佐藤忠男氏があちらこちらで詳しく書かれたり語られたりしているものである。
これまでミャンマーの映画は数本しか観たことがないが、数年前に映画プロデューサー、ミヤ・ミヤ・ウインさんの紹介で観た、日本でもロケされた一本のミャンマー映画がある。長井健司さんについてのトークを聞いていて、思い出したので、書いておこうと思う。
題名は「Chit Chin Nge Pyaing」(05)。監督はチー・ソー・トン。94年のアジアフォーカスで監督作「川の流れのように(Soon Yai)」が紹介されていて、ミャンマーではベテラン監督として知られている。
この映画は、ミャンマー国外、2005年バンコク国際映画祭でも上映されている(英語題は「True Love」)。日本ロケではフィルム・コミッション伊豆の支援を受けているが、日本に住むミャンマー人の話で、日本語・ミャンマー語ともに登場すること、そして日本での公開も考えてか、「虹色の愛」という日本語タイトルも付けられている。
物語はこうだ。日本のミカン農園に働きに来ているミャンマー人の中年男ミョウナウン。彼のところへ母国から娘ミミが訪ねてくる。ミョウナウンと別れた母親が他の男と生活することになったため、それに嫌気がさして、父親のいる日本にやってきたのだ。
やがて、年頃の娘ミミは、ミョウナウンの雇い主の息子カンジと互いの国籍を越えて、愛し合うようになり、デートを重ねていく。その青年カンジは、ミミと親密になるためにミャンマー語教室にも通うが、そこで教えているミャンマー人の女性講師ヌエは、じつは、父ミョウナウンの若いころの恋人であった。そして偶然、彼と日本で再会することになる。それがきっかけで、ミミは、ミョウナウンが自分の本当の父親ではないこと、恋人ヌエと別れて事故死した友人に代わって母と結婚し、ミミを娘として育ててくれたことを知る。一方、ミミとの同居で、さらに収入が必要となったミョウナウンは働き過ぎて、過労が元で体を壊してしまう…。
人情もののドラマであるが、ストーリーも作りも極めて凡庸で、残念ながら水準の低い映画だったと記憶している。ミャンマーの娘と恋に陥る日本人青年役をミャンマー人男優(ミャンマーではプロの人気俳優)が演じているが、日本語の使い方が何ともたどたどしい。日本人の登場人物もみな素人で、つたない棒読みのセリフが目立った。
国際映画祭にミャンマーの映画が出品される機会もほとんどないので、数少ないひとつということで、いまも忘れられない。
(2008年7月22日)

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