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アジアフォーカス2010/400字レポート⑥「まぼろしの砦」 [アゼルバイジャン]

アジアフォーカス2010/400字レポート⑥
「まぼろしの砦」(08)アゼルバイジャン シャーミル・ナジャフザデ監督

アゼルバイジャンの風情が、映画を通してドルビーデジタルで体感できることになろうとは、以前だと考えもしなかったこと。冬の雪山の空撮シーンから物語が始まった時点で、もうわくわくしている。
舞台となる山中の村には、民族の勢力争いのために300年にわたって多くの血に塗れてきた砦が、ソ連時代に打ち壊されたもののまだ残っている。そういうロケーションを狙って、ラフィグ監督率いる、映画「栄光の伝説」の撮影隊がやってきて、村に次々とセットを組んでいく。シャーの映画で、本物のようなモスクも建てられるが、主演男優が落馬して骨折したために、撮影は突然中止されてしまう。
ロケ隊の登場にやや浮かれていた村も、隣国アルメリアから同胞の避難民が次々と流入してくることで、この村では常に血が流され続けてきたという悲劇の記憶に、再び眼が向く。この村を決して離れないカラスの群れが舞い、その存在はくだんのドルビーサウンドをもって、われわれをも不安にさせる。そして、村にもついに爆撃が始まる。
北からロシア、南からイランに挟まれ、西隣のアルメニアとは紛争が続くアゼルバイジャン。吃音の少年と美しい娘の恋の話も描かれるが、全体としては村人たちが、いや村人たちの住むこの土地こそが本作の主人公である。そこに、映画セットという世界を持ち込んだことで、いろいろな意味付けもできた。本物の墓に紛れるハリボテの墓。作り物のモスクでの祈り。村の風景を侵食する謎かけのような光景だ。しかしやがて雨が降り出し、虚構の作り物は流れていく。そして最後に残るのは、このアゼルバイジャンの土地である。
多くの村人は政府の指示により故郷を捨て、安全な地へと逃げていくのだが、村にとどまろうとする者もいて、彼らが構えて立つのが彼らの砦なのである。
(2010年10月1日)

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アルメニア映画に続いて、コーカサス地方・アゼルバイジャンの映画「The 40th Door」も観た [アゼルバイジャン]

第14回釜山国際映画祭World Cinema部門で観た、滅多に出会うことのできないアゼルバイジャンの映画も、成長期の貧しい少年を主人公とした等身大の作品でなかなか良かった。これが長編第一作となるElchin Guliyev監督の「The 40th Door」(08)で、観たのは10月12日、Lotte Cinema Centum City 4にて。
冒頭に題名の「The 40th Door(40-ci-qapi)」の意味が説明される。迷路のようなお城の鍵のかかった40番目の部屋から英雄がお姫様を救い出す民話から持ってきているらしい。
舞台は1991年のバクー(91年はアゼルバイジャンがソビエト連邦から独立した年である)。母親と二人暮らしをしている12,3歳ぐらいの少年Rustamのところへ、連絡が入る。モスクワに商売の取引に行っている父親が死んだと。どうも刺されたらしい。Rustamじしんが墓を掘って、戻ってきた父の遺体を埋葬する場面は、とても切ないが現実的な描写である。
残された母は、父の形見となった骨董の絨毯を売らなければ生活できないというが、Rustamはそれを許すことができない。かといって、好色な主人が言い寄ってくる雑貨屋の仕事を、母親にはさせたくない。母親のことをからかわれて、街の子どもたちと喧嘩もしてしまう。
Rustamは、チンピラ生活をしている若いEdikに向かって、自分にもできる仕事をと依頼する。二人が小高い丘から見下ろすバクーの街は、天然資源に恵まれているからだろうか、開発発展が著しい。しかし、Rustamも、盲目のため学校にも行けない弟を持つEdikも、そんな恩恵に与ることもできない階層だ。
Edikの盗みの手伝いをさせられたりすることで、Rustamもこれまでにない経験を重ねていく。その一方で、稼ぐために自動車の洗車のアルバイトをRustamは始める。貧しい層から見ればびっくりするような額の高級車も持ち主もいる。お金もあるところにはあるのだ。同時に彼は楽器屋の店先に並ぶ、Bongoという太鼓に興味を持ち始めた。そして働いて得た金で太鼓を買いたいと思うようになった。
そんなRustamの気持ちを察したEdikから突然に太鼓をプレゼントされたが、そのころRustamのお得意さんの高級車のタイヤが盗まれる事件があった。まさかEdikのしわざ? 夜には不良少年たちに襲われ、Rustamは買ってもらったばかりの太鼓をめちゃめちゃに壊され、一方でEdikは警察に捕まってしまう。
大人への成長期に突然の父の死を迎え、いくつもの壁にぶち当たっていくRustamの人生は迷路である。40番目の部屋を目指しているというのに、いつも行き止まってしまう。
Edikが逮捕され、彼の盲目の弟の面倒もRustamがみてあげなければならなくなった。翌日のRustamの目つきは明らかにこれまでの少年のものではなかった…。
自ら削って作ったナイフを手にし、不良少年たちに襲われた場所へと向かう。そして夜の闇のなか、昨夜の3人の少年を次々に刺す。しかし、Rustamの脳裏には、同じようにして刺された父のことがよぎったのだろう。だからだ、夜空に向かって、父に許しを請う…。
衝撃的な結末であるが、夜の闇に、それまでは点いていなかった現場付近の電柱の灯が一斉にともるというファンタジックなエンディング。両親を愛してきた心優しい少年にとっては、成長期に訪れる過酷で残酷な運命だったが、最後はそれが少しだけ薄まって、それが映画の完成形としても良かった。
モンゴル映画「枷」(91)と出会った時にびっくりしたほどではないが、初めて観たアゼルバイジャンの映画、それもElchin Guliyev監督のスタイルには驚きをもった。
(2009年11月12日)

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