So-net無料ブログ作成
検索選択
キルギス ブログトップ

17th BIFFから/田舎娘19歳がヒロインのキルギス映画「The Empty Home」 [キルギス]

※結末にふれています
10月10日にMegabox Haeundae 1で 、キルギス出身のNurbek Egen監督によるキルギス・ロシア・フランス合作映画「The Empty Home」(2012)を観た。
19歳のキルギスの田舎娘の、あっけらかんとしていて、純朴で世間知らずで、しかし数奇な人生を、おもしろく観た。母の死後、田舎の村で父と弟たちと暮らしている主人公の名はAscel。路上で果物売りをしている働き者だが垢抜けない感じで、まるで小学生のようにスカートの中のパンツも丸見えで、しかもダサい。しかしカレ氏がいて、夜ごとにこっそり誘われては、藁の上で裸になり奔放に交わっている。
Ascelの飲んだくれの父親は、結納金目当てに新しく赴任してきた役人に彼女を嫁がせようと計っている。その役人は、有線放送で「中国のようにして、キルギスの国力を高めよう」と演説し、看板屋であるAscelの父親は胡錦濤の肖像画を描いている。片や、カレ氏に誘われて「政府は出ていけ」とデモに参加したAscelは、警官隊に頭をかち割られる。キルギスの政治的な背景も一方で興味深いところだが、その直後に妊娠したことを告げたAscelはカレ氏と大もめ。そしてとうとう役人と結婚式を挙げることに。
ヤギの生き血を使って初夜をごまかしたAscelは、夜明け前に役人の札束をくすねて飛び出す。向かった先はモスクワ! と、次のシーンで現れたのは、ストリートを闊歩する、ヘアスタイルを明るい茶色に染めたボブカットに変えて、美しく化粧をして、ピッチリしたタンクトップにスリムなジーンズのAscelではないか! 女性は魔物だ、とても同じ娘とは思えないよ…。
オシャレないでたちに大変身した妊娠2か月の彼女は、知人の手引きで出稼ぎ者の集まる縫製工場に潜り込んだ。格好はフェミニンでも、男たちに混じってサッカーに興じるところが彼女らしいところだ。だが翌朝、警察のガサいれに巻き込まれてしまう。だが身籠っていることが発覚して、行き場のなくなったAscelに、彼女を診た女医が手を貸す。
家政婦のような仕事を紹介されるが、夜にはその家のロシア人の男に誘われて交わってしまう。Ascelは、果たして女神なのか、彼女によって男たちは癒されるのか…。Ascelは出だしからずっと、次々とやって来る運命の波に流されるようでいて、じつはしなやかにしかししっかりと立っている。
そんな彼女の前にキルギスのカレ氏が現れる。しかしもはやそのカレ氏には従わず逃げようとするが、次の場面ではふたり揃って寿司屋で働いている。東洋系の面構えが制服によく映える。しかしそれでドラマが落ち着くはずもなく、トラブルに巻き込まれてカレ氏が逮捕されると、再びAscelは行き場を失ってしまう。一人ぼっちになった彼女は女医にコンタクトをとり、女医とそのパートナーの女性と三人の生活を始めることに。
…Ascelのお腹もやがて大きくなった。すっかり化粧っ気もなくなって、キルギスの田舎の頃のよう。産気づき、そして女医の手によって赤ん坊が産まれる。Virginieと名付けたその子どもを、Ascelは女医たちに売ると、大金を手に彼女らの家を出る。パリを目指すと宣言して!
Ascelはヒッチハイクを試みて、男二人組の車を止める。金はあるのかと訊ねられ、持っている札束をさらけ出してしまう。ああ、何ということか! 彼女は一体どこまで純朴なのか! そう思ったとおり、Ascelは男たちに大金を巻き上げられ、腹にナイフを突き刺されてしまう。ぱったりと倒れ、道路に血が流れ出す。まだ生きているのか、息絶えてしまったのか、彼女の動きが止まったとみえたところで暗転、ドラマはあっさりと閉じられた…。
けれども、その後に続くエンドロールで、まるでジャッキー・チェン映画のNG集のように「Ascelによる歌謡ショー」が登場したのだ! 果たしてこれは彼女の夢なのか、本編にはこれに関係するような場面はなかったし、ステージは村祭りの舞台程度のショボさで、伴奏はキーボードひとり、彼女の歌も素人レベルだ。Ascelは途中で歌をしくじってしまい、ひとことこう言う「もう一回最初から歌っていい?」。このセリフで、この作品はやっと本当に、ストンと終わる。この最後のセリフが、彼女の人生の悲劇的にみえる結末に対するアンチテーゼであることは明白である。だから刺されたというのに悲しい受け止めは微塵も感じられずに、わたくしの心は何故かポジティブ感に溢れた。
腹を深く刺されて、動きが止まるまで路上をモソモソと這うAscelの姿は芋虫や毛虫のようでもあり、いずれは美しい蝶の人生をおくるのではないかという期待までが、そこで芽生えた。
たいへん残念なことに、客席は9割方空席で、そのわずかな観客さえもエンドロールを見届けずに立ち上がる人がちらほら。
(2013年1月27日)



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

キルギスのアブディカリコフ監督が9年ぶりに撮った新作「The Light Thief」 [キルギス]

中央アジア・キルギスの美しい景色から始まった映画「The Light Thief」(10)。主人公となる電気技師の姿に確かに見覚えがあるが、どうもカタログでの名前にピンとこない。
釜山映画祭から帰り、この作品が本日10月23日から始まる第11回NHK アジア・フィルム・フェスティバルにて、「明りを灯す人」の題で日本でも上映されることを知った。そこでの紹介では、アクタン・アブディカリコフ監督が、キルギス名のアリム・クバト(Aktan Arym Kubat)に戻して9年ぶりに発表した新作、とある。
今回、まさに北野武のように! 劇中で存在感溢れる演技をみせて、主演も務めたアリム・クバト監督は、「ブランコ」(93)「あの娘と自転車に乗って」(98)「旅立ちの汽笛」(01)とこれまでの作品がいずれも素晴らしかった、キルギス出身の監督で、まだ釜山国際映画祭が南浦洞地区メインだったころ、コモドホテルかソラボルホテルかで一度お会いしたこともある人物。おそらくだが、旧姓のアブディカリコフはソ連時代に改名させられたものだったのだろう。そうすると、本作から、キルギスのアイデンティティーを見つめなおすという、アリム・クバト監督の新たなフィルモグラフィーがスタートするということだろうか。そのへんの事情は、NHKのフェスティバルでゲストとして招待されれば、インタビューの場か何かで明らかになることだろう。
アリム・クバト監督演じる男は電気技師らしいが、貧しい暮らしをしている村人たちのために、電線からこっそりと盗電してやっている親切な人物である。家に電気がきて、映るようになったテレビではアカエフ大統領を糾弾するニュースが流れているので、今年の春に崩壊したバキエフ政権の前のアカエフ時代の話ということになるが、石油資源もない貧しいキルギスの人々の生活の実情は、政治的混迷が続いている限り、ソ連からの独立後から今もずっと変わっていないということになる。
生活は厳しいが、ちょっととぼけた村人たちの人情は温かい。主人公は、風力を利用して発電し、村人たちにもっと安く電力を届けてやりたいという夢を持っている。電気を灯すことによってキルギスの人々の温もりを守りたいのだ。そんな彼の技術に目を付けて、村の開発計画が持ち上がる。最初は協力してきた電気技師だったが、政治家か企業家かを招いて行った夜の宴で、村の女性がストリップをさせられることになって、彼は自分の間違いに気づく…。
今回のフェスティバルには行けないが、来年には日本語字幕もついてNHKでオン・エアされるはず(ストリップの時にみえるヘアはどうなるのかな?)なので、もう一度、ゆっくり観よう。しかし、この作品はスクリーンで観た方がいい。キルギスの風が吹く青い空がとてもきれいだ。風や空にどこの国のものなんてないだろと言われそうだが、アリム・クバト監督が映し出すそれは、まちがいなく監督が生きてきた土地のものだと感じさせる。
ドイツ、フランスとの合作。10月10日、釜山のLotte Cinema Centum City 3にて鑑賞。
(2010年10月23日)
light thief.JPG
nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画
キルギス ブログトップ