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アジアフォーカス2016の観客賞「ハラール・ラブ」 [レバノン]

ハラール・ラブ/Halal Love (and Sex) 2015
レバノン=独
アサド・フラッドカー監督

英語題を直訳すると「戒律に許された合法的な恋愛」となろうか。全体を構成している三つの物語のうちのふたつ,毎夜繰り返される夫の激しい性生活の求めに困っている妻,気性が荒く離縁と復縁を繰り返してしまいもうあとがない若いカップル,これらじたいは世界共通のあるあるでムスリムに限っての日常ではないが,その解決策が特有だ。第二夫人の活用や,他の男との婚姻による婚歴のリセットといったわれわれにはできない方法を,コメディタッチで興味深くみせている。
もうひとつの物語である,妻子ある男との結婚,これは逆にわれわれからみればタブーだが,イスラム教では合法。しかしこの女性は海外への逃避という、よくあるパターンで清算しようとする。ビザがおりないという落ちはムスリムだからということだろうか,それはよくはわからない。いずれにしても,どの物語も結局うまく解決しないのは,それこそ神の思し召しなのかもしれない。
(2017年9月15日)
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レバノン映画「Martyr」 [レバノン]

レバノン出身Mazen Khaled監督の「Martyr」(2017)。題の意は、殉教者と理解していいのだろうか。物語の真ん中あたりから書き始めるが、舞台はベイルート。肝試しのように、高い堤防の上から、競って海に飛び込む若者たちがいる。当地の流行りなのか、何か意味のある行動なのかどうかはよくわからないが、とにかく見物人も多い。
そして予感していたとおり、かなりの助走をつけて飛び込んだ一人の青年が、海底に身体を打ちつけてしまったのだろうか、溺れて死んでしまう。なぜ予感していたかというと、本作の出だしに、この青年と思われる男性の身体が水中に漂う、無音の数分間の映像があったからだ。アラブ系の男性はひげをたくわえていて年齢がわかりにくいが、溺死した青年もまだ若かったのだろう。無職の彼は寝起きからずっと両親にガミガミ言われていて、飛び込みに至るまでの間、ムシャクシャした様子が伺えた。
青年の遺体は、海から自宅まで他の仲間たちによって静かに運ばれていくのだが、その手順は様式化した動きに見えて、ちょっと注目させられた。いや、それだけではない、その後の母親の深い哀しみと嘆きの描写になるとそれは完全にステージパフォーマンスとなり、スクリーン画面はまるで劇場化されている。続いて青年の仲間たちは、おくりびととなって遺体を清め始めるのだが、これも同様に記録的なパフォーマンス映像になっていくのである。
本作全体として、一定の様式をまとった儀式のような体裁であったことに気づき、そして振り返る。殉教者という題の意味を。青年が亡くなって以降は口数も少なくなり、決められたとおりのように動くアラブの若者たちが、主人公の青年を含め、とてもイノセントに僕の眼に映った。第74回ベネチア国際映画祭。
(2017年9月14日)

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17th BIFFから/第17回釜山国際映画祭のNew Currents Award受賞作「Kayan」 [レバノン]

第17回釜山国際映画祭のNew Currents Awardは、タイ映画「36」とともに、レバノン・カナダ合作の「Kayan」(2012)が受賞した。発表は最終日なので、帰国してから知った。作品はアミール・ナデリがエグゼクティブ・プロデューサーを務め、監督・脚本・編集が新人のMaryam Najafi。Najafi監督はイラン生まれの女性で、現在はカナダ・バンクーバーを拠点に活動しているそうだ。物語はそのバンクーバーの中東コミュニティにある、アラブ料理のレストランKayanを中心に展開されていく。
「新しい生活を守ろうと必死なひとりの女性の内面の優れた描写から、特別の共感を生み出したNajafi監督の才能」に対して賞が贈られたそうだが、このレストランは、Haninという中年のレバノン女性が営み、守っている。どういう経緯でHaninがカナダに渡り、女手ひとつでティーンエイジャーの二人の娘を育てているのか、その過去は語られない。自宅も描かれず、娘たちも、アラビア語やペルシャ語が飛び交い、水タバコがもうもうとしていて生演奏や踊る女性ダンサーの喧騒で溢れる店の奥の部屋で、ここの方が家よりもよく眠れるのと言って入り浸っている。描かれるのは、いまの一日一日である。
店が終わると常連客も従業員たちも帰っていき、誰もいなくなった店内に音楽を流し、一服するHanin。その姿が、誰にもみせることのない素の姿なのだろう。彼女は“スイートハート”と呼ぶ男性とテナント料について電話で語らう一方で、イラン人の男性客からも親しくされるようになる。そういう時にも、Haninはひとりの女性に戻ることはしない。客や従業員の様々な問題を解決し、金を稼いで店を維持していくことが彼女にとって使命であり、それに孤軍奮闘するHaninには、毎日が平穏ということはない。朝から晩まで忙しく、酒場なのだから困難も危機もある。
夜中に大泣きしながらクルマを飛ばす、しかし翌朝にはケロリとした表情をみせて、いつものように店を開ける。
レストランの女主人というと肝っ玉母ちゃんのように聞こえるかもしれないが、どんな社会でもそれは大変なことなのに、アラブ社会での女性の生き方としては、イバラの道だ。Najafi監督は、授賞理由どおり、それを極めて繊細に描いている。異国の地に生きる孤独な中東の移民の人々にその軒先を貸すレストランKayanの、その女主人じしんが自らの孤立感を隠しながら店を維持せんとする、悲しい皮肉がある。歌や踊り、タバコの煙で満たされた情緒溢れる空間は、表向き、とても魅力的に映っているというのに…。
10月8日、CGV Centum City 4にて。
(2012年12月2日)

Kayan.jpg

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