So-net無料ブログ作成
検索選択
ネパール ブログトップ

ネパール映画「ネパールの首飾り」 [ネパール]

7月の第19回福岡アジア映画祭で「ネパールの首飾り」と題された2014年製作のネパール映画を観た。グルン・ルドラ・バハドゥールというネパール出身の監督がステージに登壇されたが、スクリーン上のクレジットには、もう一人David Chowという共同監督の名前も登場する。
正直に書くと、ちょっとヘンテコな映画で、ミステリータッチのドラマだ。The Necklaceという英語題でも示されている首飾りが出てくるが、ティーチインでの監督いわく、付いている石は旧ムスタン王国時代の宝石なのだそうだ。劇中ではその売買の手付金として結構な厚みの札束が動く。
まあ、首飾りが高価なものらしいと我々にわかるのは物語の終盤になってからであって、まずは、その首飾りを提げた若い女性ドマの写真を片手に、主人公の男が彼女の住んでいる山岳地帯を訪ねていく旅立ちから話は始まる。本筋は、この男はどういうわけで写真の女性を探しているのかということなのだが、物語じたいが冒頭から寄り道ばかりする。
秘境を目指して、ポカラからバスに乗った男は、車内で出会った別の若い女性と、バスを降りても道中をともにしていく。どうも目的地は一緒のよう。彼女は派遣される診療所に向かっていて、一方で男は自分の目的をはぐらかす。彼女が携帯をなくしたり、足を挫いたりする場面でその都度男から助けられ、旅情を誘う音楽の効果もあって、この男女はこれからいい仲になっていくのではないかと思わせておいて、こちらの方の女性の出番はそこまで。しかし、あとから振り返ってもここまでがとても印象深い。言葉は適当ではないが、目障りなくらいに。
逆に言うと、男がドマを見つけてから、その目的が段々と浮かび上がっていくという後半の展開があまり鮮やかではない。ポカラの街に行ったきりの夫を待っているドマと、母の治療費に困っていた男のそれぞれの過去が、後出し後出しで順々にその過去説明によって見せられる。夫が撮ったドマの写真を持っているこの男はいったい何者なのかという謎の答は、客観的な事実であることからミステリータッチの構成には馴染まないこともない一方で、何のためにドマを探していたのかという動機は内面的なものでもあることから、男の人物像を最初からもっとくっきりとデリケートに作り込んで欲しかった。
(2015年7月29日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

マナカマナ寺院巡礼のロープウェイの中のドキュメンタリー [ネパール]

イメージフォーラム・フェスティバル2014での上映なので、「今夏に劇場公開される海洋ドキュメンタリー「リヴァイアサン」の共同監督ルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェルがプロデュースした作品です」と、まず前説あり。
「Manakamana」(2013)は、フェスティバルのチラシでは、アメリカ+ネパールとクレジットされている。その約2時間はすべて、ヒマラヤの麓からマナカマナ寺院までを片道10分で結ぶロープウェイの車内。その籠の中に固定されてまわされたカメラが順々に写し取った「11組×10分間」と書いてしまうと、ホームビデオ的な光景がただ延々と繰り返されると思われるだろうが、そのように観て取られてしまうとしても、それは違うとあえて言いたい傑作である。ネパールの人々を長回しで撮った飾り気ない映像に対して、観察者としてのこのうえない悦びをひしひしと感じさせる、とことんシンプルな傑作なのだから。
まあ、構成こそまったく単純だが、11組のキャスティングはおそらく考え抜いた末のものではなかろうか。このドキュメンタリーの前半5組の乗客は、ヒンドゥー教の女神マナカマナにお参りする昇りのお客さんたちで、後半5組は参拝を済ませた下りのお客さんたち。(その間に1組、おそらく生贄として檻に入れられて運ばれる、乗客はヤギたちだけの10分間がある。もちろん会話も何もないが、ケーブルを継ぐ鉄塔に来るごとに籠がガタンと揺れて、その度にヤギたちが騒ぐ。なんともリズム感を帯びたユーモアだこと。)
構成上の勝利だと思うが、おじいさんと幼い孫のパートを最初に登場する乗客に持ってきたことで、もう観客の心は満たされる。絶叫コースターに乗るタレントのリアクションの比ではない。高所の宙吊り状態に怯えているのか、それともカメラに緊張しているのか、進行方向の山をバックにして並んで座る二人の表情は無情にも硬い。最後まで無言のまま、上の駅までの10分がやっと過ぎた時、安堵するのは、本人たちよりもむしろ観ている方である。
そんな風に、乗り物の中で同乗の客を観察するようなマニアック気分で、監督たちが用意した乗客たちを次々と観ていく。お供えの花を持った女性客や、生贄の鶏を抱いた夫婦が、順に上の寺院に向かう。彼らは、下りの際にももう一度登場する。昔は歩いて3時間かかったところをたったの10分で繋ぐようになったというロープウェイが田舎者にとっては不慣れで落ち着けないのか、参拝前の居心地悪そうだった表情が、帰りは明るく饒舌にもなっている変化は、みるからにわかりやすいところである。乗り慣れないからか、昇りと下りの精神的なものからなのか、マナカマナ神を拝んできたという達成感からなのか、いずれにしても人間観察の味わいがある。
三人寄ればやかましくもなるのか、お婆ちゃん三人組や、ロン毛のロックファッションの青年三人組は、ワイワイと昇って行く。
下りの客では、観光の米国人も出てくるし、乗る前に売店で買ったアイスクリームが、べとべとに垂れてしまい食べることだけに必死な老婆の姿には笑ってしまった。
固定カメラが写し出す沙羅双樹で覆われたネパールの風景は窓ガラス越しなので、大自然を満喫できるとまでは言えないが、自然のノイズ音は十分に伝わってくる。映画祭料金を払って、ヒマラヤのロープウェイに、いろいろなお客さんたちと一緒に11回も乗ったような価値があった。最後の方で、サーランギという伝統弦楽器を持った中年男の二人組が乗り込み、籠の中で演奏する様は、窓越しの二人の背景とその調べが見事にマッチして、さらにプラスアルファのダイナミックな魅力。
共同で、ステファニー・スプレイ監督と、パチョ・ヴェレス監督。第66回ロカルノ国際映画祭のフィルム・メーカーズ・オブ・ザ・プレゼント部門で金豹賞を受賞、とチラシに書かれていた。
 
※イメージフォーラム・フェスティバルのチラシの作品紹介には、ケーブルカーと書かれていましたが、ここではロープウェイと書かせてもらいました。専門的には自信がないのですが、客を乗せた吊られたゴンドラが、昇り降りするやつです。

(2014年6月18日)

nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画
ネパール ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。