So-net無料ブログ作成
検索選択

18th BIFFから/オムニバス中華映画「Letters from the South」 [台湾]

第18回釜山国際映画祭ではアジアのオムニバス映画がいくつか出品されていた。マレーシアの女性監督たちが国際女性デーにあたって撮った6作品による「Ikal Mayang」(2013)や、台湾内外の8人の監督たちがそれぞれコンビとなって競作した4話の「Taipei Factory」(2013)はいずれも観ることはできなかったが、「Letters from the South」(2013)だけは、10月6日にCGV Centum City 6にて観ることができた。
台湾の製作会社によるもので、原題では「南方来信」。東南アジアに広く拡散している中華系の人々の生活に焦点をあてた短編6本が並ぶ。では順に(ここで書く短編の原題は、記憶しておいたものなので、間違っているかも。)
最初は、「ワンダフル・タウン」や「ハイソ」が知られている、タイのアーティット・アッサラット監督の「此時此刻」。野球チームの打順でいうと一番バッターにふさわしい、相手ピッチャーに喰らいついてくるような作品。バンコクで暮らす中華系の女子高生を、ずっと会っていなかった二、三歳上の従姉が中国から訪ねてくる。シャイだったイメージは今の従姉にはなく、学生寮で繰り広げられる男女入り乱れてのパーティーではノリノリで弾けまくる。タイの青春映画のタッチから、ひとりの少女の変貌が、中国の変貌を感じさせる。
ロイストン・タン監督は、情感に満ちた「薄餅」。シンガポールの中華系の大家族は、年に一度、墓参りの季節に、独立して家庭を持った子どもたちが故郷に戻り一同に会する。父親と一番下の息子だけになった静寂な二人暮らしのところにも、一瞬の、あまりにやかましい時間が訪れる。普段は、無言の夕食に息子の携帯だけが響くだけであるのに…。皆が囲むのは、父親が作る、代々伝えられてきた薄餅。中華の伝統料理の中で、家族のつながりをひしひしと感じる。
「Return to Burma」など、台湾から発信してきたMidi Z監督の作品は「安老衣」。舞台は監督の出身地であるミャンマー。バイクタクシーを値切って、砂利道を進む若い女性。村では母親が、病気で危篤状態の祖父と待っていた。孫娘は、一家の祖先の地である雲南から、織布を持ち帰ってきたのだ。布を祖父に掛け、雲南の方角に向かって母娘で祈り続ける。やがて祖父は、故郷の布に包まれ、苦しみから解けたかのように、安らかに息を引き取った。孫娘は、台湾にいる兄に祖父の死を伝えようとするが、回線不調のため、電話はつながらない…。
続いての、シンガポールのSun Koh監督のことはよく知らなかったが、彼女の「新新熊猫」は、中国語ラジオ局で繰り広げられるラジオドラマ制作の珍騒動を描いた愉快な作品だった。中国系の企業に買収されてしまった局のベテランアナウンサーたちが突然手渡されたのは、中国から渡ってきたパンダがシンガポール・カルチャーに慣れていくという筋の台本だ。ゲームなどと連動したメディアミックスの連続もので、クライアントからの注文も多い。一人はパンダ役、もう一人はオランウータン役が割り当てられ、アナログ効果音も満載に知恵を絞りながら演じていく。中国移民の生活と重ねんとする風刺が心憎い。
残すところの2作品は、風格にあふれ、それぞれ存在感を強く印象づけるもの。マレーシアのタン・チュイムイ監督は、じしんで監督・撮影・編集の「馬六甲夜話」。馬六甲とはマラッカのことで、郁達夫という作家が1942年にしるした旅行記『馬六甲遊記』をもとに、まるで魂が街をさすらうような、細切れの幻覚的なカットと書き残された紀行文(だと思う)で構成された、隙のない映像詩だ。ヨーロッパの異国情緒に満ちている。
蔡明亮監督の「行在水上」もそうだ。淡々としていても、しかしまばたきもせずに、観終えた気がする。公式カタログで確認したところ、描かれている地は、監督の故郷マレーシアのクチン。ノイズ以外には台詞ひとつない。加えて画面には大きなアクションさえもない。ひとりの僧衣の男の、ゆっくりゆっくり、牛歩のような一歩一歩をただじーっと延々にみせていくだけである。歩道の水たまりをたっぷりと時間をかけて過ぎる。次にはアパートの廊下を歩む姿。老夫婦の部屋、アパートの外、お婆さんの住む部屋、と僧衣の男は、アパートの住人の平凡な日常の中を透明人間のように通り過ぎていく。それは、最後にバス停に座る婆さんがクローズアップになって、軽快な中華ポップスが流れ出るまで続く…。これは、蔡明亮監督の心象風景なのだろうが、観る者にとっても、心に引きずる作品となった。
「Letters from the South」という題名どおり、各々の短編は監督たちからの6通の手紙になるわけだが、そこには中華系の人々に根付いた精神やその変化に対しての、監督それぞれの想いがうまく込められていたと思う。
(2014年5月12日)




nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2012/400字レポート⑪ 「天龍一座がゆく」 [台湾]

アジアフォーカス2012/400字レポート⑪
「天龍一座がゆく」(2012) 台湾 王育麟監督

舞台は高雄。老父亡き後、残された一家を中心に切り盛りされる伝統劇団・天龍歌劇団を描いた喜劇。風俗文化的な視点を強めて、もっと面白く撮れてもよさそうな話なのに、あまりにも雑多。上映後の質疑で、数多い登場人物について客席から「誰が誰だかわからない!」という声が上がっていたが、できごとがどれも表層的になってしまっていて人情が上手に絡まっていないからだろう。設定や要素はおもしろいので、それをすべて活かしたいなら、朝の連ドラで半年ぐらいかけてやってくれ、と言いたくなる。
同時進行する幾つものエピソードのうち、柱となるのは、男役を演じる看板役者の妻チュンムイが怪我をして舞台に立てなくなってしまい、劇団のマネジメントをする夫チーホンは、偶然見つけた妻そっくりの清掃員の男チーミーを“影武者”に仕立て、公演を続行させる話。まずここから何とかならないものか。自分の女房に似た髭面のオッサンなんて、もっともっとおいしく料理できそうな状況なのに。チュンムイのインドへの旅立ちも中途半端。
発見もあった。こういう歌仔戲の伝統芝居に今日でも結構なお客さんがいて、入団を志望する若者がいるということ。一人二役演じているチュンムイ役の女優は舞台役者で、なるほど舞台映えしているし、目立った存在だ。
(2012年10月28日)

天龍一座.jpg

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2012/400字レポート④ 「あの頃、君を追いかけた」 [台湾]

アジアフォーカス2012/400字レポート④
「あの頃、君を追いかけた」(2011) 台湾 九把刀監督

台湾の若手人気作家・九把刀(ギデンズ)が脚本・監督を務めた、32歳の自分から17歳の頃の自分へあてた自伝小説の映画化。一人称で振り返る青春時代が、台詞も映像も感性的に瑞々しくて、相乗的に、観る者のテンションを上げていく。ちょっと幼稚で自由奔放な主人公は、優等生の女子を高校時代から追いかけ続け、大学4年でネット小説を書き始める。たぶんそこで、監督じしんの想い出とスクリーン上のドラマが繋がるのだと思うが、「君は僕の青春だ!」という女生徒シェンへの想いが、目一杯伝わってくる。
「女は男よりも早く大人になる」「恋愛は不確かなころが一番美しい」「お前を追い続けてきた自分が好きだ」という、今さらクサイはずの言葉が、この作品においては輝いて響くのが、九把刀監督のマジックだ。実話かどうかは置いておいて、主人公が自宅では全裸で過ごしたり、ラストの披露宴での××シーンなど、奔放なデフォルメが過ぎるところも、楽しい。劇中では、前に大阪アジアン映画祭で観た台湾映画「一万年愛してる(愛你一萬年)」の題名にも通じる、「1000万%好き」なんていう表現も出てくるが、そういう子どもじみた感性で過ごしたい110分間の青春ものである。
(2012年10月16日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

林育賢監督が、原点に回帰した最新作「翻滾吧!阿信」 [台湾]

台湾映画で「ジャンプ!ボーイズ(翻滾吧!男孩)」(05)というドキュメンタリーの傑作があった。林育賢監督がアジア大会の金メダリストである実兄・林育信がコーチを務める体操チームのまだ幼い少年たちの健気な奮闘ぶりを追ったもので、涙と笑いに溢れた、なかなかスマッシュな作品だった。アジアフォーカス2005で招待上映され、監督らはゲストで来福。その後には日本でも配給されることになった。
その林監督の次の作品が「六號出口」(07)という劇映画で、発表時に台北で観たが、当時わたくしは「地下鉄西門町駅6番出口付近を舞台に“インターネット集団自殺”“援助交際”などを盛り込んで、若者たちの生態をポップに描いた作品。韓国の女優も起用したりと意欲的だが、監督があまりにも多くのことを追いかけ過ぎた結果か、作品としては散漫かつ未消化で終わってしまっている」とメモしている(すいません)。
台北滞在時には、その「六號出口」のプロモーションにも参加して、幸運にも、主演の人気アイドル、エディ・ポンの姿も間近に見かけたのが、ちょっと自慢だ。(これもその後「ウエスト・ゲートNo.6」として日本で配給された)
で、その林育賢監督の最新作「翻滾吧!阿信(Jump Ashin!)」(2011)を、第26回福岡アジア映画祭のコンペ部門で観た。原点回帰した林監督の手堅い演出は、なかなか小気味よくて、良いリズムを刻んでいる。で、何が回帰かというと、ヒット作「ジャンプ!ボーイズ」の頃に戻って、実兄・林育信を再び被写体(題材)にとらえているからである。ただし、ドキュメンタリーではなく、劇映画で。兄役はエディ・ポンが、なかなかの肉体を作って、体操選手らしくみせている。
観察対象として監督じしんの身近に存在していることから、最近の思いつくところでも「エンディングノート」「ちづる」といった、自分の家族を撮ったドキュメンタリー作品があげられる。ヤン・ヨンヒ監督の「Dear Pyongyang ディア・ピョンヤン」もそう。そのヤン監督はこのたび、じしんの家族を再び題材として、井浦新を主演にフィクション作品「かぞくのくに」を完成させており、関係性と連続性という点では、「翻滾吧!男孩」と「翻滾吧!阿信」は、同じように分析できるかもしれない。
「翻滾吧!阿信」で焦点をあてているのは、兄・林育信の青春譚だ。運動神経がよくて、子どものころから体操選手として活躍していた阿信(育信)だが、青年になり、ミスで怪我をしたことで体操の世界からドロップアウトして、悪友たちと連むようになる。街で喧嘩を繰り返すが、身軽い身体を利用した阿信のアクションは、ジャッキー・チェンのようでもあって、なかなか。しかし、彼と仲間の“干大根”は、地元・宜蘭のヤクザ組織から逃げざるを得なくなり、二人は台北へと向かう。
台北でもトラブルが続き、干大根が命を落としたことで、阿信は故郷へ、そして体操へと戻る決心をするのだが、本作の真ん中部分を大きく占める、この阿信と干大根のドラマは、やんちゃな悪ガキの物語として、それだけでももう十分にまとまっている。そこにはきちんと、阿信の恋バナも添えられているのだ。
林兄弟は、母親の営む八百屋で生計を立てている。ちょっとボロな店のたたずまいに味があって、この真ん中部分の前後のパートで表現される母親の愛が、とても尊く映る。前半で、阿信少年の足をマッサージし続ける母親の場面があるが、じつは阿信は小児麻痺だった体を克服して体操選手になったことがわかる。
また、携帯電話もない当時には、電話の伝言サービスがあって、阿信と仲間たちは連絡のためによく利用していた。干大根から“いまから喧嘩に行くぞ”といったようなメッセージを預かって、阿信へと語り伝える、交換手のような女性がいるのだが、彼女はメッセージの内容から阿信のことを案じている。阿信も、声しか知らない彼女に対して恋心を抱くようになる。
真ん中部分のドラマを経て、阿信は再び体操の世界に戻っていくが、その彼女が、思い切って阿信の出場する大会に足を運ぼうとする姿に、観客は二重、三重の希望をみて感じることになる。このあたりの監督の仕掛けも、心憎いかぎりだ。
何よりも、ぐっとタメを作ってから高く跳び上がる“ジャンプ”という人のアクションを、それは口で言えばほんの一言だが、それをみごとに2時間で表現した物語だと思う。阿信は、結果的に、一旦体操から離れることで、飛躍した。そしてそれは、林育賢監督の出世の原点にもなっている。
(2012年7月21日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2011/400字レポート② 「台北カフェ・ストーリー」 [台湾]

アジアフォーカス2011/400字レポート ②
「台北カフェ・ストーリー」(10)台湾 シアオ・ヤーチュアン(蕭雅全)監督

最初に「第36個故事」とオリジナルタイトルが出てくるので、何が36の話?と思ったが、観終えて、この原題も、英語題の「Taipei Exchanges」も、どちらもなかなか意を得たものだと感じた。舞台は、客との物々交換が名物になっているカフェで、対照的な姉妹が切り盛りしている。妹の発案で始めた物々交換のため、カフェはモノで溢れている。交換行為は双方の価値が見合って成立するというところから、ものの値打ちは心が決めるということに繋がっていく。あとでパイロットとわかるのだが、世界をまわって集めたという35個の石鹸を持ってきた男の客との出会いが、姉ドゥアルの心を変える。
そのような恋愛話的なものも出てはくるが、そういうことじたいは前面には現れていなくて、全体的に洒落たポップな仕上がりで嫌みがない。市民への街頭インタビューも繰り返し織り込みながら、最初に“貯金だ”、“旅行だ”と言い合っていた姉ドゥアルと妹チャンアルの考え方というか、立ち位置が逆転(交換)していく結末は、図式的すぎていて展開が軽いといえば軽いが、微笑ましくて楽しい終わり方である。本作は、幸せとは何かという哲学を絡めたお伽噺である。交換という行為そのものは図式であるし、お伽噺だからこそわかりやすい一定の図式は必要である。
台湾映画のフォロワーからすれば、客役としての中孝介の登場場面は、たいへんうけることだろう。
(2011年9月18日)
nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2011/400字レポート① 「ピノイ・サンデー」 [台湾]

アジアフォーカス2011/400字レポート ①
「ピノイ・サンデー(Pinoy Sunday)」(09) 台・日・比・仏 ホー・ウィディン(何蔚庭)監督

釜山映画祭との交流もより進んで、数えてみると昨秋の釜山上映作品が今年のアジアフォーカスには7作品も登場。よって本作については、昨年に観た記憶をもとに。いや、これは二年前のNHK共同制作作品でもあるので、すでに例年どおり監督のインタビュー付きで放送済みの筈でご覧の方も多いと思うが…(スクリーン上映にこだわらなければ、中国映画「冬休みの情景」も来月のオンエアで観る機会あり)。
フィリピンから出稼ぎに来ている男二人は、台北での生活に何だかクサクサしている。ひとりが寮の屋上にソファでも置いて、夜空の下、ビールを飲みながら癒されたいと言う。そして郊外で偶然見つけた赤革のソファを二人で担いで持って帰ることに。この発想から不条理なドラマが始まり、おそらく10km程度の距離の、しかし苦難のロードムービーとなっていく。飛び降り自殺やらバイクとの追突事故やらに巻き込まれたり、抱えてソファを運ぶという、つらくて馬鹿馬鹿しい行為のなかで二人が仲違いしていくのが、気持ちいいくらいユニークである。複雑ではないが練られたシナリオ! 教会のミサの風景、老人介護の仕事といった出稼ぎの実情や、一方で台湾の金持ちと結婚しているフィリピン人など、その社会もきちんと反映されている。
最後の場面では、いつのまにか二人にとって暮らしやすいフィリピンの風景に戻っている。そのラストが、まるでソファの方が、一瞬にして二人を“魔法の絨毯”のように故郷まで運んだかのようにみえて、それもお見事でそこに幸福感がある。
(2011年9月17日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

大阪アジアン映画祭2011の、まずは「一万年愛してる」を中心に [台湾]

今年の大阪アジアン映画祭2011(3 月5日~13日)は、コンペティション部門10作品を何とか制覇し、プラスしてジョニー・トー監督のワールドプレミア「単身男女」までチェックできた。今年のポイントとしては国境、国籍を越えた作品がかなりあったということがあげられる。それともうひとつ、全体的に恋愛を扱ったものが多かった気がするので、その視点でまずは振り返ろうかと思う。
台湾映画「一万年愛してる(愛你一萬年)」(10)は、ヴィック・チョウ主演だからか、満席の観客からずいぶんと愛されていた作品で、結果的に観客賞にも輝き、メガホンをとった北村豊晴監督もさぞやご機嫌だったことだろう。就職して3か月の語学研修で台湾に来た桜田みかん。3か月以上は恋愛が持続できないというロックバンド・エレクトロモンキーズを組むチフォン。二人が出会って国籍を越えて互いに惹かれあい、10月31日までという恋愛契約書(延長なし。その場合は百万元の罰金)を交わし、部屋を借りて同棲を始める。
何とも軽い人生観ではないか!とりあえずひと目で惚れてくっついても、時間が立てば互いの欠点が見えてくることは当たり前。だから長くは続かないことは、こんな形で恋愛を始める若者にとってはどうにも明らかなのだが、全編にわたってコメディタッチで、セックスフレンド的なヤラしさは微塵もない。まるでインド映画のようにダンスの場面で、そのあたりを表現するところはなかなか。
タイトルが示すような結末になることは最初からわかっていて、その過程が十分に楽しめた。昨年のこの映画祭の台湾映画「聴説」には、ちょっと障がい者蔑視の感覚があってイヤだったが、今年の「一万年愛してる」は感じの良さがある。特にみかん役をイキイキと演じる加藤侑紀はイイ。彼女がこの作品の魅力を倍増させた。
作品名は、劇中でも歌われる「愛你一萬年」という曲名。これは沢田研二の「時の過ぎゆくままに」のカバーだが、聴くと原曲とはかなりイメージが違う。じつは観る前から、この映画、どうして“永遠”じゃなくて“一万年”なんだろうと疑問に思っていたが、当日の質疑応答で北村監督もそのへんについて同じようなことを言われていた。一万年好きとか罰金百万元なんて言う、子どもの言い草みたいな、馬鹿馬鹿しさがこれまた良い。
かたや香港、ジョニー・トー監督の最新作「単身男女」(11)は、久しぶりに男臭くない、コメディタッチの恋愛ゲームもの。第35回香港国際映画祭のオープニング作品を、それより10日も早く大阪で観られることになる。
中国から来たOLツーシンに、若手企業家シェンランと建築家チーホンの二人の男が、互いに恋敵となって絡む。ユニークなのが、男女が出会ったり再会したりするシチュエーションが、隣り合う香港の高層ビルの窓越しというところ。それぞれの関係性が、直接ではなく、窓ガラスを介したものであるというのはちょっとしたミソである。
そしてこの映画が「一万年愛してる」と大きく違う点は、同居からまずスタートする、軽い男女関係ではなくて、ツーシンがどちらかの男性を選んで、そして愛してると言えるまでに相当の時間を経るというところにある。まあ、ちょっと大人のドラマということでもあるが、この恋愛のゲームオーバーの結末は、中年の小生にとっては当然に納得でき、そして安心できるものだった。
同じく香港の「恋人のディスクール」(10)は中華圏スターが多数出演する、断片的な4つの物語的シチュエーションからなるオムニバス。恋という心理状態を、それぞれのシチュエーションから、印象的に映し出している。カリーナ・ラムが登場する第一話の、他愛ないようでいて裏があるような、男と女のモゾモゾとした関係の描写は出色。しかし、それと対をなす第四話がでてくると、ちょっとリアルすぎるところに着地しちゃったかなと感じた。まあ、モザイクを成すひとつひとつの短編については減点のない出来栄えなのだが、その集合体としてみたときに、コンペティション部門のグランプリ受賞という結果には、参加10作品のなかで比べると、ダントツではない。
(2011年4月9日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2010/400字レポート⑩「お父ちゃんの初七日」 [台湾]

アジアフォーカス2010/400字レポート⑩
「お父ちゃんの初七日」(09)台湾 ワン・ユィリン監督/エッセイ・リウ監督

ねらいがもうひとつはっきりしない作品である。急逝した男・林国源、53歳の葬儀のために、台北の商社でOLをしている娘メイと、露天商をしている息子のタージ、そして甥で大学生のチュアンが田舎の村に集まる。
道士のイーさんの仕切りで、7日間にわたる葬儀が三人によって繰り広げられ、それを追った物語が展開していく。台湾独特の、派手な葬式とそのしきたりが登場するが、これらは台湾映画ではまあ見慣れたもので、また本作がコミカルに描かれていることもあって、観てなるほどと頷く知識となるような興味深さを盛り込んだ作り方というわけでもなく、舞台背景以上のものではない。
葬儀において笑わせにかかる珍騒動はさて置いて、故人のひととなりは、メイによる回顧のなかでのみ表現される。遺影となる父の額入り合成写真を後ろに背負ってスクーターを走らせるメイの姿が、生前の父と二人乗りした思い出にオーバーラップしていくような、ちょっといい場面もあるが、エピソードとしては、亡き父をたどる感傷的な積み重ねは少ない。
全体的に焦点が絞られていないため、ラストシーンで香港の空港に仕事で来ているメイが、亡き父を思い出して、突如涙を流すシーンも突然すぎて活きてこない。
父初七日.jpg

(2010年10月6日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

この春、福岡でひっそりと日本初上映されたドキュメンタリー「春天~許金玉の物語」 [台湾]

話をさかのぼると、第18回東京国際映画祭で台湾映画新作10本の特集「台湾:電影ルネッサンス」が組まれ、そのうちのひとつ、曾文珍監督の「飛び魚を待ちながら」(05)は、翌年のアジアフォーカス2006でも上映された。これは原住民タオ族の青年と台北から島へ来た女性との間の感じのいい恋愛ドラマだったが、曾文珍監督は、もともとはドキュメンタリーを撮ってきた監督だ。そして、映画祭で福岡を訪れた彼女は、アジア映画を中心にコレクションしている福岡市総合図書館のフィルムアーカイヴを知り、それが縁となって、第39回金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したほか、釜山や香港の映画祭でも取り上げられた彼女の16ミリの代表作「春天~許金玉の物語」(02)が、この度、日本語字幕も付けられて、ここで公開の運びとなったわけである(3月5日~8日/福岡市総合図書館映像ホール・シネラ)。
撮影当時81歳になる許金玉さんは、台湾郵便局に勤めていたときに労働運動を起こし、国民党政府によって逮捕、投獄された。この1950年の「郵電組合事件」は、いわゆる白色テロである。社会主義者とみなされた6万人が殺され、15万人が投獄されたという台湾の歴史のなかの悪夢である。
まだ若き日に15年間にわたって投獄された許さんも、いまは老人施設で暮らすひとりの老婆である。自分の歩んできた人生に後悔はないという許さん。曾文珍監督は、当時を再現する舞台劇や映像ドラマ、アニメーションをも駆使して、自分の一生すべてを語ろうという許さんに迫っていく。
施設では趣味で描いているという許さんのカラフルな色遣いの絵から、画面は突如としてモノクロの世界へ、つまり映画の中の物語は“白色の旅”として、当時の郵電組合の仲間、林さんや高さんらとともに白色テロ当時をしのぶ場所をたどっていくことになる。政府保安司令部があったところは今は、来来ホテルになっていて、監獄だった高砂鉄工所はもうない。現代の郵便局はとても立派な建物になっている。
許さんら、高齢となった白色テロの受難者たちは、計梅真先生の碑の前に立って泣き崩れる。日本統治時代から郵便局で働いていた彼女たちは、終戦後、国民党支配になったことで外省人の計先生から中国語(共通語)を学ぶことになった。許さんたちは同時に計先生から男女平等の思想なども教えられた。そして、日本統治時代から待遇が変わらないことで、許さんは待遇改善を掲げて労働運動を起こす。このことが共産党による活動と疑われ、許さんは15年の刑を受け、計梅真先生は銃殺されたのである。
許金玉さんは日本統治下の台湾で1921年に生まれた。父親は民族意識の強い人物で抗日活動もしていたという。許さんは国民学校卒業後、女工を経て1944年に郵便局に入った。入って1年で終戦となり、祖国復帰と喜んだ。しかし、日本の植民地時代だったころから何ら社会は改善されず、「祖国」の国民党に失望していたわけである。
…長かった戒厳令も解けて、不当な投獄と訴えてきた白色テロの犠牲者たちに対する「補償条例」が1998年に立法院を通った。許さんが出獄して何と33年も経ってのことである。白色テロの事実は、自らが語らなければ、歴史から消えてしまうと、高齢になった許さんは活動する。公開シンポジウムでは、若い大学生たちにしっかりと言葉を投げかける。また賠償金をもとにして、夫の、弱者を助けたいという意思を実らせるために、政治受難者のための基金を設立する。
許金玉さんは出所後に、同じく反乱分子と見なされて17年間服役した辜金良さんと結婚し、屏東市でピータン販売を始めた。しかし商売も軌道に乗ったところで夫は脳溢血で倒れ、もう10年近く寝たきりで介護を続けている。許さん自身も腫瘍が見つかり、放射線治療を受けている。
81歳になっても、さらに人生は苦難である。しかし、暖かい春のある日、撮影のカメラに向かって自分の入っている老人施設のなかを案内し、ソフトなタッチで得意の絵を描いてみせた許金玉さんの顔からは、ほんのひと時なのかもしれないが、苦しみが消えているようにみえた。
台湾の民主化に至る道程には、多くの人々の血や涙が流れたことを、ひとりの女性の半生をとおして強く訴え知らせる作品である。
(2009年3月7日)

nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画で楽しみ、フォトブックで再度味わった台湾映画「單車上路」 [台湾]

台湾の大型書店・誠品書店の台北市敦南店(何と24時間営業!)、映画ドラマのコーナーでフォトブックというべきか写真集というべきなのかはわからないが、2冊を買った。ひとつは日本でもBS日テレで放送された人気TVドラマ「深情密碼」の写真集。韓国から「宮廷女官チャングムの誓い」助演女優のパク・ウネを相手役に迎えた、F4のヴィック・チョウ主演、恋愛ドラマだ。メモ帳などのおまけも付いていて220台湾ドル。全話観ているし、共演しているメーガン・ライの写真もたくさんあって、これは重宝である。
そしてもうひとつが、ロードムービー「單車上路」のフォトブックである(背に劇作家叢書003とあるのでシリーズだろうか、250台湾ドルである)。オールカラーで、うち80ページにわたっては写真と同じぐらいの比率でストーリーが綴られている(目次には電影小説と題されているのでノベライズなのかしら?)。中文なのでわたくしには読めないのだが、ビジュアルを追うだけでも、一度観た映画の内容を追体験することができるのである。
じつは台北滞在中に10本弱の長編劇映画を観たが、この「單車上路」が一番完成度の高い作品だったと思う。監督は新人の李志薔、プロデューサーは監督作「刺青」で先の第57回ベルリン国際映画祭・テディベア賞を受賞したばかりの周美玲で、台湾ではすでに昨年劇場公開済みである。原題から何となく感じるとおりの、自転車のロードムービーだ。引き起こした火災事故から逃亡を続けるティーンエージャーのKuo(李國毅)と、任務から逃げ出してしまった若い警官Lin(李運慶)。旅先で二人は出会う。それぞれの過去を引きずる二人は道連れとなり、“Shimizu Juniper”という植物(フォトブックにはこの植物についての解説も載っている)を探す台湾原住民族の少女やカナダ人女性の出現により、起伏ある旅を続けることになる…。
映画は、台湾北東部(蘇花公路)の紺碧の海と断崖の絶景が美しく印象的な海岸部を辿る。ダイナミックな自然と若者たちの繊細な心の襞が織り成して、静かな感動を呼ぶ佳作である。カナダ人女性役の張榕容(チャン・ズォンズォン)は、きっと台湾で活躍している外国人俳優なのだろう、他の台湾映画でも何度か見かけている。このような魅力的なロードムービー、美しい自然を持つ地方としては観光PRにもってこいだと思う。
(2007年3月19日)

フォトブック「單車上路」の表紙


nice!(0) 
共通テーマ:映画

台片發春~台湾映画の新作合同プロモーション [台湾]

台北滞在中の2007年3月18日、台湾行政院新聞局主催の最新映画8作品の、マスコミ向け合同プロモーションに顔を出す機会を得た。新聞局は近年、韓国の取り組みに大いに刺激を受けて、さまざまな映画振興策を展開している。
場所は、大手チェーン書店(日本で言えば紀伊国屋書店か)ビル地下のコーヒーショップ。8作品のひとつ、林育賢監督の「六號出口」に主演している人気アイドル、エディ・ポンも駆けつけているため、店のガラス越しに、中に入ることのできない女性ファンたちが携帯電話のカメラを一斉に内側へ向けている。そんななか、マスコミは軽食を囲みながら、作品関係者たちの取材ができるのである。
今回の台北滞在でこれら8本のうちの5本を観ているので、それらを順に紹介したい。

●「六號出口」(監督:林育賢)
ユニークなドキュメンタリー「ジャンプ!ボーイズ」でブレイクした林育賢監督の第二作。しかしこれは劇映画だ。地下鉄西門町駅6番出口付近を舞台に“インターネット集団自殺”“援助交際”などを盛り込んで、若者たちの生態をポップに描いた作品である。韓国の女優も起用したりと意欲的だが、監督があまりにも多くのことを追いかけ過ぎた結果か、作品としては散漫かつ消化不良で終わってしまっている。
●「指間的重量」(監督:潘志遠)
15歳の少年・大雨と、彼を囲むチンピラたちのドラマ。登場人物は典型的な設定ばかりで目新しくなく、必然として物語展開も想像の域を出ない。主人公の大雨が、エドワード・ヤン監督の「ヤンヤン夏の想い出」(00)で坊やを演じていたというのが、ちょっと驚きだった。
●「練習曲」(監督:陳懐恩)
聴力に障害を持つ青年が、台湾一周の自転車の旅をとおして、人々と出会い多くの経験をする。台湾島巡りの映像は美しいが、話は薄っぺらな印象である。監督は、侯孝賢監督「悲情城市」「好男好女」などのカメラマン。
●「松鼠自殺事件」(監督:呉米森)
窪塚洋介主演の実験的で観念的な作品。砂漠の地で彷徨いながら、失った記憶の断片を探っていく男を演じる窪塚。彼は国境を越えても“窪塚洋介”そのままであるというその存在感には脱帽するが。
●「愛麗絲的鏡子」(監督:姚宏易)
昨年の東京国際映画祭で上映済。レズビアンの関係の二人の少女の別れを繊細に描いた作品。

8作品の残りは「黒眼圏」(監督:蔡明亮)、「刺青」(監督:周美玲)、「插天山之歌」(監督:黄玉珊)。「黒眼圏」はすでに日本公開済で見ているが、心に沁みる映画である。刺青師とネットアイドル、女性同士の恋愛を描いた「刺青」は先に第57回ベルリン国際映画祭・テディベア賞を受賞したばかりで、注目のなか今月末に台湾で封切られる。レズビアン映画における台湾の人気アイドル、レイニー・ヤン(TVドラマ「原味の夏天」「悪魔で候」)と香港の人気女優イザベラ・リョンの顔合わせが話題を集めているのである。周美玲監督、彼女じしんも注目株である。
これらの他にも、滞在中に多くの台湾映画を観たが、ほとんどが若手監督、新人監督の作品だ。するとどうしても、まずは身近な物事を題材に取り上げる傾向があり、自ずと映画は青春期の若者たちの物語となる(誰もいきなり第一作で中年世代のドラマは撮らないだろう)。中年俳優たちの出番が少なくなったなあということを、今回痛切に感じた。
(2007年3月18日/台北市敦南誠品B2F台北人珈琲)


※写真は、台湾映画新作合同プロモーション「台片發春」のリーフレットと、それを伝える翌日の新聞記事


nice!(0) 
共通テーマ:映画

「奇蹟的夏天」は台湾の中学生サッカーチームのドキュメンタリーだ [台湾]

1999年に起きた台湾大地震をみつめ山形国際ドキュメンタリー映画祭で優秀賞を受賞した「生命~希望の贈り物」(03)、稲作に励む年老いた農民の姿を描いた「無米楽」(04)、そして金メダルを体操チームの小学生たちを追った「ジャンプ!ボーイズ」(04)と、近年台湾では優れたドキュメンタリーが作られている。
「奇蹟的夏天」は、楊力州と張栄吉の共同監督による最新のドキュメンタリー。けれども決して地味には見えず、劇場公開も終わって、ちょっとかっこいいパッケージのセルDVDがコンビニでも売られている。全国大会優勝を目指す花蓮県の美崙國中学校のサッカー部の17人の少年たちの日々を追った青春ドキュメンタリーである。しかし、優勝を目指すスポーツ界の子どもたちという点では、どうしても「ジャンプ!ボーイズ」と比較してしまう。だが両作品を勝負させるとしたら、本作はどうも分が悪い。何しろサッカーチームなので登場する少年が多くて多くて、少々の個性はあっても、観ていても誰が誰だかを確認するのに精一杯だ。
また、大学受験を描いたタイのドキュメンタリー「Final Score」のことも思い出した。ドキュメンタリーなのだから、あらかじめ用意された筋書きはないが、ドラマチックという点でも「Final Score」の方が合格だったなあ。
これら3作品とも、出てくる少年たちは皆いきいきとしていて、観ていて微笑ましくなるけれども、残念なことにそれがイコール、エンターテインメントとは結びつかない。しかし少年たちは役者ではないから何の罪もない。自分の青春を写し取られているだけなのだから。
(2007年3月17日/台北)


nice!(0) 
共通テーマ:映画