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21st BIFFから/ホー・ユーハン監督の最新作「Mrs K」 [マレーシア]

ホー・ユーハン監督の最新作「Mrs K」(2016)は香港との合作で、主役のK夫人を演じるベテラン女優クララ・ワイ(ホー監督の「心魔」にも出演していた)やサイモン・ヤムのほか、フルーツ・チャン監督まで香港から出演しているが、K夫人の夫役にも台湾のロックシンガー・伍佰などの賑やかなキャスティングがまず楽しい。しかし何より、出だしから終わりまで、グーッと掴まれっぱなしで、この作品の握力の強さから逃れられない。
いきなり謎が始まり、続いていく。釜山でのワールドプレミア上映を受けて「The Hollywood Reporter」がタランティーノ的な!と報じたとおり、医者を夫に持ち高級住宅に住むK夫人(劇中に固有名は出てこない)とはいったい何者なのか。冒頭から、凄技で宅配便を装った強盗一味を撃退してしまう。明らかに普通の主婦ではない。彼女には絶対に何かあるはずだから、スクリーンの前で瞬きもできやしない、しかし物語上の説明は極めて乏しい。
正体不明の男たちが、K夫人にまつわるマカオの過去をチラつかせながら見え隠れし、ついには彼女の娘が誘拐される。えっ何の目的で…? 身体能力的には普通なのだろう夫も巻き込んで、娘奪還を図るK夫人一家はアクション全開。
娘じしんも脱出を試みてはまた捕まりの繰り返し、救出劇は一進一退だ。クララ・ワイと対峙するサイモン・ヤムにも、もちろん恐るべき存在感があるものだから、とにかく観てのお楽しみだ。映画消費者にとっての満足度は大。
(2016年11月7日)

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17th BIFFから/ジェームス・リー監督の「If It's Not Now, Then When? 」 [マレーシア]

※結末にふれています
数えて一体何作目の作品になるのだろう、ジェームス・リー監督のワールドプレミアになる「If It's Not Now, Then When? (如果亥有明天)」(2011)を、10月9日にCGV Centumcity City 5で観た。最初に書くが、大好きになってしまえる一本だった。
中華系の大家族が、円卓を囲んでワイワイと食事をしている場面から突然にこのドラマは始まる。ジェームス・リー監督の以前のホラー作品「Claypot Curry Killers(趙夫人の地獄鍋)」で、美人三姉妹の母親にして小料理屋の女主人役だったベテラン女優が、ここでも一家の母親を演じ、テーブルの中心に座っている。さては、お喋りな中華系一家の日常的ホームドラマなのかと思ったら、さすがにそれは、すぐにいい意味で裏切られた。
夫に先立たれた女とその三人の子どもたち。一番上の娘は嫁いでおり殆ど登場しないので残りの二人が重要。二番目の娘は勤め先の妻帯の上司と社内恋愛をしている、しかし相手は仕事優先で構ってもらえず、やや暗澹として単調な日々の繰り返し。一番下の息子は、ガールフレンドから強く求められながらも、気怠い感じで日々を過ごしながら、車上荒らしを楽しんでいる。
そしてその母は、独り身をエンジョイしていて、毎日のエクササイズに、昼間は在宅のごく日常的な一人の生活を送っている。同年代のボーイフレンドがいて、公園でのデートも重ねているようだ。
母と娘、息子それぞれ独立した、人と交わりの少ない毎日が描かれ、もちろん家族同士であっても決して交錯することもない時間が淡々と流れていく。息子は家族が留守の時に戻ってきては自宅をあさっている。あえて避けているのか、母と娘のジョギングさえもすれ違いである! ユーモアもあるがシリアス。散りばめられた場面から読み取れるストーリーはシンプルだが、シンプルな中に描き込みがあって、想像力がかき立てられる。
家族におけるその一人ひとりのポートレートは、それぞれの孤立した描写のなかでくっきりと浮かび上がる。逆にいうと、それぞれは同時に登場しないので、家族としての描かれ方を欠いた、極めてねじれた家族ドラマである。監督は映画祭期間中に発行されるペーパー「The Hollywood Reporter」のインタビューで、アジアの家族構造における父親の不在と、残された家族の繋がりがテーマだと答えてはいるが…。
さてさて母はいともあっさりと、黙ってボーイフレンドとの旅行のために出ていく。その一方で、哀れな時間を過ごしている姉と、ついには殺人を犯してしまった弟が残り、二人はついに交錯する、しかしそれはとても尋常ではない形によって。姉と弟は、限りなく長く感じられるくちづけのシーンを見せつけると、まるで死んだのかのように、抱き合って眠りにつく…。
想像をはるかに超える結末であり、しかし決して受け入れ難いというわけでもない結末である。
いかにもインディー的な空気感のドラマとメインストリーム的ドラマの二刀流で精力的に製作に励んでいるジェームス・リー監督(その量産ぶりからみると、ホラーやカンフー、SFの作品がもはや余技とはいえないことがわかる)だが、わたくし的には、本作のような、これまでのマレーシア・ニューウエーブの潮流に乗っているタイプの作品に出くわすと、ついつい虜になってしまう。もっとも一方で、ニューウエーブとかアート作品とかいう枠にはめてしまうことじたいが、ステレオタイプ的な見方なのではという不安さえも覚えてしまうのが、ジェームス・リー監督の、フィルムメーカーとしての近年の充実ぶりである。
(2013年1月13日)


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ヤスミン・アフマドの世界 [マレーシア]

もうずいぶん前だが、1月18日~1月27日に福岡市総合図書館映像ホールで「ヤスミン・アフマド監督特集」として、ユーロスペース等でパッケージとして組まれていた6作品が回顧上映された。どれも一度は観ているが、とくに「オーキッド四部作」は、発表の都度に観ているだけで、なかなかまとめて振り返ってみる機会はないので(一部はDVDを持っているが)、足を運んだ。
今回観直すのにあたって、絶好のタイミングでアミール・ムハマド著の「Yasmin Ahmad's Films」が、海を越えて届いた。2009年、ヤスミンの訃報に直面した友人のアミール・ムハマド監督が、ヤスミンの残した6本の長編といくつかの短編を再び観直して、作品ごとの章立てでヤスミン・ワールドを解説した、回顧上映にはもってこいの、いわば副読本なのである。
国際的な資料になることも意識してか英語で記されていて、宗教や風俗文化の視点から、またドメスティックな解釈にも触れていて、マレーシア・ニューウエーヴの立役者のひとり、ヤスミン・アフマド監督に捧げられた248ページである。映画監督の眼による、同志の作品に対するミクロな解釈やコメントはたいへんおもしろかった。ポイントとなるキーワードごとに、コラムという形で別枠にしている点でも読みやすいし、何よりアミールの、ヤスミンとの交流の記憶に基づいて、彼女の人となりや彼女の考えも、悪意なくフレンドリーに綴られている(アミール・ムハマド監督は、監督作「ビッグ・ドリアン」(03)の映画祭上映や日本財団のフェローシップで何度か来福もしている)。
今後も名作として語り継がれるだろうヤスミン作品を紐解くにあたっては、この本に書かれていることのすべてが、あまりにも見事な指摘、分析だけれども、しかし、だからといってそれをいちいちこの場で書こうとすると、もう全訳するしかないわけだが、そんなことはできないので、トリビア的に書かれているネタを、ほんの少しだけ拾ってみた。

「ラブン(Rabun)」(2003)
●「ラブン」はもともとTVドラマとして作られた。ウ=エイ・ビン・ハジサアリ監督の「放火犯」(93)のように、マレーシアでは映画よりもTVドラマの方が優れていることが多い。それは商業的な締めつけが少ないから。本作はカメラマンの意向で、ベータカムではなく16mmフィルムで撮影された。
●「ラブン」を初めて観たのは2003年。アミール監督は試写に遅れてしまったが、ヤスミンはまだ当時それほど親しくもなかったアミール監督に対してDVDを渡してくれた。
●1930年代から50年代にかけてのマレー映画界では、おもにインド人が製作していた。ヤスミンのお気に入りの10本のひとつは、ラージ・カプールの「ボビー」(73)。アミール監督は、あまりインド映画は観ないけれども。
●ヤスミンの映画の多くは、彼女の記憶にもとづいているが、オーキッドは彼女の妹の名前。
●「ラブン」には、ヤスミンの親友ホー・ユーハン監督がエルビス役で出ている。「ムクシン」では、オーキッド一家のソファを運び出そうとする三人組の一人として出演。
●オーキッドの両親が一緒に入浴する場面があるが、これはヤスミンの両親が実際にやっていたこと(TVではカットされた)。
●ベッドの上の孤独な未亡人のシーンは、ツァイ・ミンリャン監督「ふたつの時、ふたりの時間」へのオマージュ。ヤスミンは、ツァイ・ミンリャン作品がマレーシアで初めて上映されたときにゲストで来ていて、彼に熱く質問していた。

「細い目(Sepet)」(04)
●マレーシア映画は普通、“In the Name of God”では始まらない。しかし「細い目」はこのオープニングに加え、冒頭の数分間にマンダリン、広東語、マレー、ベンガル語と登場する。
●なぜオーキッドという名前を選択したのか。アミール監督の推測は、フェミニンであり、マレー語、英語の両方で表現できるから。
●「細い目」は民族間のロマンスだが、マレーシアではこの手のドラマは多くはない。P・ラムリーで2本ある。しかしいずれも成功していない。ヤスミンはP・ラムリーのコメディは好きだが、ドラマはあまり好きではない。
●オーキッドとジェイソンの二人が、湖のほとりで背を向けて並んで座っているシーンがあるが、これは「細い目」のポスター(二人が並んで座っている正面からの写真)の逆アングルになっている。
●ヤスミンは携帯電話をふたつ持っていて、メールが好きだった。映画の進捗状況をアップデートしては知らせてくれた。アミールが最後にヤスミンから受け取ったメールは「誰か私をこの悪夢から目覚めさせて。そしてこれがこの国で起きたことではない、Teoh Beng Hockは、自宅で家族と一緒に安全にしていると言って」。(マレーシア汚職摘発委員会の取り調べを受けていた、元議員秘書のTeoh Beng Hock氏がビルの階下で死亡しているところを発見され、死因は自殺と結論付けられた事件のこと)。
●間違っているかもしれないが、「細い目」は豚肉が出てくる初めてのマレーシア映画。
●民族を越えた恋愛としていえば、ヤスミンの最初の夫はインド人。二番目はチャイニーズ。
●「細い目」を撮ったのはイポーの街。フレンドリーな土地柄で、交通渋滞もなく映画製作に取り組みやすかったから。
●ヤスミンからラット(マレーシアの漫画家)のことを直接聞いたことはないが、「細い目」を観ると、アミール監督はラットの作品「Town Boy」を思い出す。
●「細い目」のラストシーンは、解釈としてミステリアス(元は別のオリジナルのエンディングがあった)。

「グブラ(Gubra)」(05)
●「ラブン」でオーキッドを演じた女優Noor Khiriahは、「グブラ」では別の役(若い聖職者の妻の役)
●「グブラ」の最初の10分間は、アミール監督が思うに、ヤスミンの、最も驚くべきフィルムワーク。コンパクトでリッチで…。
●「グブラ」で登場するオーキッドは、最初にまず母からの電話を受けイポーへ向かう。父の病気を伝える母の声は泣いている。「細い目」のラストでも泣いていた母とリンクしている。そしてそれは「ラブン」の最後にも繋がる。
●オーキッドが病院で出会う変わった男性患者は、「ポケットの花」のリュウ・センタック監督。「ムクシン」では、オーキッド一家のソファを運び出そうとする三人組の一人として出演。
●「細い目」は、検閲で9つのカット(トータルで1分以下)を受けたが、「グブラ」ではカットを受けなかった。
●父の入院している病院で、オーキッドは偶然に、ジェイソンの兄アランと会うことになる。しかし「細い目」におけるアランの存在は小さく、アミール監督も覚えていない。
●ヤスミンは、若くして亡くなったシンガポールのアスリートの半生を描く映画「Go, Thaddeus !」の製作を進めていた。
●オーキッドの夫の不倫相手が勤めている電器メーカーはPensonic(Panasonicではなくて。この「グブラ」のスポンサー)
●オーキッドが部屋でみているTVドラマは「ラブン」の入浴場面(それも。TV によってカットされた場面)
●「グブラ」のポスターのビジュアルで、オーキッドと抱き合っている背中姿の男はジェイソン。
●じしんの前夫とのエピソードにもとづいている点を、ヤスミンは後になって後悔していた
●アミール監督の撮ったレズビアン・バンパイア・ムービー(ホラー)「Susuk」(08)に、ヤスミンは看護婦役でカメオ出演している。
●この「Susuk」同様に、ちょっと不思議なシーンが「グブラ」にもあるが、それは聖職者役の俳優Nam Ronがヤスミンに提案したもの。
●四部作をオーキッドの年代記としてとらえた場合、オーキッドのシリーズ最後の登場場面は、ジェイソンの遺品をみて泣く姿。

「ムクシン(Mukhsin)」(06)
●「細い目」では香港映画のビデオを借りて観るオーキッドだが、広東語はできなかった。しかし、その7年前の世界である「ムクシン」では、オーキッドはチャイニーズ・スクールに通い、作文も得意なのである(マンダリン)。
●オーキッドが級友の男の子たちの鞄をスクールバスから放り投げる場面で、ヤスミンの夫が出演している。
●オーキッドの父(ヤスミンの実の父がモデル)とのシーンで、メイドのヤムが歌っているのは、ヤスミンの父親が作曲したもの。
●「細い目」「グブラ」でオーキッドを演じた女優Sharifah Amaniの、実の妹であるSharifah Aryanaが、「ムクシン」ではオーキッド役をしている。
●ついでに、彼女らの姉Sharifah Aleyaが、ここではオーキッドの母親役であり、“家族”をテーマにした映画づくりが、配役という点でも試みられている。
●ヤスミンはインドネシア映画がたいへん好きだった。とくに「Mendadak Dangdut」(2006)。Christine Hakim、Jajang C. Noer、Dian Sastrowardoyoとインドネシアの三人の女優を起用して新作を撮るプランも持っていた。
●凧上げの場面で、大人になったオーキッドとジェイソンがみえる。パラレルな世界に繋がっていくかのように。
●マレーシア映画のその年の審査委員長によると、「ムクシン」にはストーリーがないという理由で、ベストフィルムにノミネートすらされなかった(「細い目」「グブラ」は2年連続して入ったというのに)
●しかし「ムクシン」は、四部作の中ではマレーシア国内で一番ヒットした。アミール監督は、小さなカップルを描いているからと捉えている。
●そばを離れることになるムクシンによって、凧の尾に何と書かれてあったか、オーキッドが読んでいた内容は謎のままである。
●アミール監督は当初、終わりの大人になったオーキッドのボイスオーバーの声は、ヤスミンのものだと思っていた。だが実際は、この作品でオーキッドの母親役をしているSharifah Aleyaのものだった。
●最後は、ヤスミンと両親、妹(オーキッドという名)が、作品のクルーとともに「Hujan」という曲を楽しそうに歌っているところで締めくくられる。

友人のKさんから聞いた話“ヤスミンは男だった”(亡くなられた直後に、学生時代のクラスメートのコメント付きで地元のゴシップ紙に載ったネタ)については、この本には、当然ながら記述はありませんでした。
今回観直してみての、最大の収穫は、とても当たり前だが、この四部作は、オーキッドの時代を成長順に追っていく流れではなくて、製作順に「ラブン」「細い目」「グブラ」「ムクシン」と観ていくことに、とても意味があって、その都度に発見があることがわかったこと。それは、たとえばトルコのセミフ・カプランオール監督の三部作「卵」「ミルク」「蜂蜜」と同じように。
そこに気付くと、もう一度その順でオーキッドの話を観直したくなった。
(2012年5月10日)

「Yasmin Ahmad's Films」を読みながら、細かく記録していったメモ帳を失くしてしまって、しばらく落ち込んでしまいました。

Yasmin.jpg



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アジアフォーカス2011/400字レポート⑨ 「趙夫人の地獄鍋」 [マレーシア]

アジアフォーカス2011/400字レポート ⑨
「趙夫人の地獄鍋」(11) マレーシア

家庭が抱えた事情があり、それに縛られて、自由な生き方が許されない運命であることをあらためて悟らざるを得なくなった美人三姉妹の真ん中の次女。長女は、一家が「狂気の生業」に走るようになったきっかけになったわけであり、普通の女性として生きることはすでに捨て、屋台骨を支える立場にいることを自負している。三女も、年頃の大学生となったが、まだ「狂気の生業」には直接には参加しておらず、一家の乗っかったレールから抜け出したいという境地には至っていない。それに対して、次女は適齢期になって、好青年の張医師に出逢ったことで、彼のことを思いやる気持ちの芽生えを自ら摘むことができないジレンマが生まれるのである。そういう次女シーユイを中心に眺めていきたいドラマであるが、とりあえずこれはホラーである。DVに苦しむ母娘がその夫(父親)を殺してしまい、営んでいる小料理店のカレーにその人肉を入れて出したところが評判の味となって、以後10数年、店のために次々と殺人を重ねていくというお話。しかしホラーという側面だけでみると、東南アジアにはもっと立派な作品があって、そう本格的ではない。男たちが消えていくという連続失踪事件が起きているのに警察方は登場せず、母娘を脅かす、対立的な存在として登場するのは、この店のレシピを頂戴したいゲイの周シェフたち。借金を抱えていた母娘の住まいは店の繁盛によって豪邸になり、まるでオペ室のような専用の人体解体室まで備えているのは、コメディとまでは言わないがちょっととぼけたところである。狂気を感じさせる恐さだけなら、石井隆監督の2010年の「ヌードの夜」の大竹しのぶを母とする母娘の方が、はるかにゾーッとした。
しかしジェームス・リー監督が撮ったとなれば、最初に書いたような人物の関係性をみていかないことには収穫がない。けれども、次女に助けてあげてほしいと哀願されて、最後に一家が張医師に対してとった仕打ちは、ブラックというか、じつに愛嬌がある。
(2011年10月15日)

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マレーシア映画「踊れ 五虎!」は、たまには許される平和で安心な作品 [マレーシア]

もう2か月前になるが、3月11日14時46分頃に東日本を襲った大地震は、大阪アジアン映画祭2011の真っ最中のできごとで、その瞬間には、ABCホールでフィリピン映画「リベラシオン」(11)を観ていた。わたくしが座っていたのは、ロールバックシートの最後列だったが、近くの女性が「あっ、地震!」と小声で呟くなどのざわめきもあって、突然の揺れにちょっと吃驚した。ABCホールは免震構造だそうだが、その揺れはまるで余韻を残すように長く長く感じられた。(その後の報道によると、大阪は震度3を記録したとのこと)。
上映じたいは何ら中断されることもなかったが、スクリーン(厳密にはスクリーンをマスクする両端の暗幕)の揺れは、その後も長い間静止せず、なので無視もできずに、映画が終わるまでずっと気になっていた。上映後のQ&Aでは、進行役がそのスクリーンの揺れを“予期せぬ特殊効果だ”などと言っていたくらいなので、事態の深刻さはその時点では全くわからず、その後も、この会場に籠って引き続き2作品を観ていたため(途中に東北で大きな地震があった程度の情報は司会者からあったが)、すべてを知ったのは、深夜にテレビを点けてからとなった。
この瞬間に観ていた「リベラシオン」は、地震で集中できなかったことを抜きにしても、随分と間延びした、巧みなところがどこにも見つけられない作品であった。
アドルフォ・アリックス・ジュニア監督からの出品は、当初85分バージョンだったそうだが、会期中2回目の上映となるこの日は、その後に届いたという109分のディレクターズカット版で観せられた。終戦から29年経ってフィリピン・ルバング島から帰還した小野田元少尉を下敷きにしているのは明らか(本作も上官の小林将軍が最後に20年間にわたる任務を解く)だが、過度な日本的テイストを、ヘンに取り違えながら織り込んで、だらだらと時間だけが長くて、「この戦争は正しかったのか」という、言われなくとも当然に伝わる価値観をセリフにして終わる。真面目なテーマであるのに、残念な限りである。
むしろ大阪アジアン映画祭2011では、何の毒の粉もまぶされていない、マレーシア映画「踊れ 五虎!(大日子WooHoo!)」に好感が持てた。2010年のマレーのお正月映画だそうなので、いい人ばかりで悪人の出てこない、平和なハッピーエンドものというのは、お約束として許される範囲である。これまた人の良さそうな、新人のチウ・ケングアン(青元)監督がゲストで参加。中国語のマレーシア映画であることが強調されるが、ニューウエーブではなく、こてこての商業映画である。
中華風の、かわいらしい虎のアニメーションから映画は始まる。この作品の中心となるのは“舞虎”という、獅子舞のような芸。この踊りじたいは映画上の架空のものだが、ベセラ村で60年に一度の虎年に、奉納の舞として行われている伝統文化という設定である。村の娘リエンの一族だけが踊れるということになっているが、60年ぶりの現代では、父が亡くなり、老いたツエン爺さんと孫娘たちだけでは伝統も途絶えてしまうと、ベン、レイン、ファら都会の青年たちが踊り手として雇われ、これに“舞虎”を卒論にしている大学生ボビーも加わって、踊りの復活が試みられることになった。
最初から最後までベタなギャグ一辺倒の人情ドラマで、肝心の虎の頭が壊れたり、チーム解散などの危機を乗り越えて、当然のように幸せなエンディングを迎える。いくつもの恋話も並行して描かれ、舞虎の踊りも、登場人物それぞれの私生活も、大成功で言うことなし。大団円のラストの後には爆笑NG集がおまけにつく。
いわゆる「元気を発信」などというフレーズは、まさにこういう作品に当てはまるのではなかろうか。
大阪アジアン映画祭2011では、ラトビアのマリス・マルティンソンス監督作「雨夜~香港コンフィデンシャル」や、マレーシア出身リム・カーワイ監督の「マジック&ロス」、韓国映画「遭遇」のような、観ていて脳味噌を刺激するものがある一方で、このようなお気楽なものが混ざっていると、それだけでうっかり、目元口元が弛緩してしまう。
(2011年5月11日)


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アジアフォーカス2010/400字レポート⑪「水辺の物語」 [マレーシア]

アジアフォーカス2010/400字レポート⑪
「水辺の物語」(09)マレーシア ウー・ミンジン監督

海沿いの小さな村が舞台。だから、漁や、魚の干物づくりの場面がよく出てくる。整列した干物たちは、ある意味アーティスティックで美しい。この土地は水面が陽光で反射してキラキラと美しくみえたりもするが、よくみると、ゴミがけっこう散乱しているし、人間の生活感がありありで、人間の生によく蝕まれている。
人間のいやらしさは、たとえば、主人公である食用蛙売りの青年アーフェイの気持ちが、リリという女性に向いていることを知って嫉妬して、彼の商売用の蛙に毒を盛ってしまう、スーリンの行為からもみてとれる。娘であるそのスーリンと結婚してくれたら、工場と新居を建ててやろうというリー社長の言葉に揺れるアーウェイの心もまた、そう。
病気で自らの死期を予感しているアーウェイの父は、若いころに結婚したかったができなかった女性アイリンに対する欲望が止められない。それゆえ、夫も息子もいて、もうおばさんになっている彼女との駆け落ちをついに決行する。生きるということは、きれいごとではないということが、父の人生の最期になって映し出されていて、その息子であるアーフェイの恋愛も、だからこそ、妙になまなましくみえるのだが、その舞台は都会でもどこでもよさそうなものの、胡明進(Woo Ming Jin)監督は、余計なもののない水辺の村をうまく選んだ。
(2010年10月27日)
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華人の母と娘を写実したマレーシアのニューウエーヴ作「My Daughter」 [マレーシア]

第14回釜山国際映画祭のコンペ対象のNew Currents部門。10月11日、マレーシア映画「My Daughter」(09)の上映後に、CGV Centum City 5の舞台に立ったのは、Charlotte Lim監督と母親役の女優Chua Thien See。
「(第一作を撮るにあたり、なぜ母娘の関係をテーマに選んだのか?)舞台となったマラッカは私の故郷であり、歴史的な街です。この作品は自分の青春期に影響を受けていて、じしんの母親に重ねたところがあります。愛や憎しみ、コンプレックスを、この中で表現しました。」
「(小津安二郎の影響を受けたのか?)小津監督や侯孝賢監督の作品が好きなので、その影響はあると思います。今回撮影は台湾からカメラマンを呼びました。日本のミュージシャンの曲を使ったのは、歌詞は別として、エモーションが合ったからです。」
まず書くが、映画のエンディングには日本のシンガーソングライター・落合さとこの曲「のうみそ」が使われている。ちなみにわたくしは未見だが、A Window on Asian Cinema部門で上映された同じくマレーシア、ホー・ユーハン監督の「At the End of Daybreak」(09)にも落合さとこの別の曲「桜のトンネル」が用いられているそうだ(落合さとこさんという初めて聞く名をネット検索していて知った。けれどもどちらの映画もなぜ、落合さんの曲が?)。
しかし「My Daughter」の最後に、日本の曲が静かにのびやかに流れていても、特に違和感もなかった。このCharlotte Lim監督の作品の味わいは、そう、感覚としては、人々の日常を繊細に描き出すことに定評のある日本映画に近いところがある。
フィルム上の表記で作品名は「理髪店的女児」と併記されている。監督は林麗娟、舞台に登場した女優は蔡恬詩とも書く。落合さんの曲の世界になじんでいるということは、マレーシア映画とはいえ、中華系の母娘の日々を舞台にした作品だからか。
Charlotte Lim(林麗娟)監督も、かつて3年前の第19回東京国際映画祭の特集「マレーシア映画新潮」で観たジェームス・リー(李添興)監督、クー・エンヨウ(邸涌輝)監督、タン・チュイムイ(陳翠梅)監督らに、ホー・ユーハン(何字恆)監督、リュウ・センタック(劉城達)監督などを加えたマレーシア・ニューウエーヴの中華系重要人物のひとりといえるだろう。
ドラマの軸は、題名のとおり、18歳の娘Fayeとその母親の関係を軸にしたものである。母親は理髪店を営みながら娘と二人きりで暮らしている。父親はいない。母親が「あの人は飲まなければいい人」と言っていることから、この母と付き合っている男は酒を飲んで暴れたのだろう、映画は、暴力を受けたであろう母と、それをかまおうとする娘の二人だけの場面から始まる。その男は最後まで登場しない。
母親役の女優がかなり若いこともあって、見た目二人はどちらが母親でどちらが娘かわからないような感じであり、実際、その関係も争ったり仲良くしたりの姉妹か友人同士のようだ。そういう間柄でもあるから、会話はあまりなく、セリフは最小限に抑えられ、カメラは二人の日常を写実している。余計な情報はないので、ぶつかり合う母娘の姿がくっきりと浮き出ている。
母はある日、ドリアンを食べながら、自分が妊娠したことをFayeに淡々と告白する。カメラワークも含め、とくに印象的な場面である。娘にとっては当然ショックである。
二人はよく、Fayeの漕ぐ自転車に乗って移動する。しかしでこぼこ道を跳ねるようにして走るのは、何だか娘が母親に対して故意にそうしているように見えてならない。まるで同性愛者の嫉妬のようにも、ちょっと見えたりする。
ストーリーの後半は、劇的な展開でもあるので、筋を具体的に書くことは省略するが、娘Fayeの決意を暗示したラストは、なかなか味のあるエンディングだ。
ときどき登場するマラッカの風景は一方でとても心象的で、同じくときどき出てくる無口な籐工芸の職人の少年の存在も、どちらも全体的にみて、女性二人だけに焦点をあてたドラマの中によく調和している。
(2009年11月24日)

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アジアフォーカス2009/400字レポート⑥「タレンタイム」 [マレーシア]

アジアフォーカス2009/400字レポート⑥
「タレンタイム」(08)マレーシア ヤスミン・アフマド監督

元旦の全国紙にヤスミン! 朝日新聞2009年1月1日号の一面(正確には続きで2ページ部分)で「世界変動」という連載シリーズがスタートした。そのときの内容だが、映画製作はハリウッド、ボリウッドにとらわれず、いま多様化に向かっており、政府に冷遇されてきたマレー語以外の映画作りに取り組むマレーシア新世代が取り上げられ、ヤスミン・アフマド監督が祖母の出身地・日本で映画を撮る計画と、「人々の暮らしと目線に寄り添うことが大事」という彼女の言葉が紹介されていた。しかしまさか、その半年後の7月に突然亡くなってしまうとは…。
遺作となった第6作「タレンタイム」もその言葉通りの作品だった。高校の学内芸術発表会の幕が開くまでという時間僅かな話の中に、多くのドラマを凝縮させている。マレー系の少女ムルーと聾唖のインド系少年マヘシの間の恋心を隔てる壁、中華系カホーが抱く何においても優等生のハフィズに対する嫉妬。学校外では、マへシの叔父さんの殺害事件に、入院中のハフィズの母が日ごとに悪化していく哀しみや、両親が国際結婚しているムルーの大家族の風変りな様子が登場してきて、絡んでくる。キャラクターたちの素直な感情に共感し、ときにはハラハラし、ときにはしんみりし、ときにはニヤリとする。ピート・テオの音楽も素晴らしいし、発表会が最後にジョイント演奏で締められ、そして教室の電気が消えていくエンディングは特に秀逸。
ヤスミンの作品はどれも大きな映画ではないが、何度も何度も繰り返し観たくなるものばかりである。映画界に入るのは遅かったが、その後の5年間に残した珠玉の6作品はすべてを宝としたい。
(2009年10月3日)

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第3作の「Gubra」

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おそらく、たぶん、日本で商業公開(配給)された初めてのマレーシア映画 [マレーシア]

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話はアラブ映画祭2008よりも前のことになる。3月1日から14日まで、シネマート六本木で「FFC:アジア新星流」という映画祭イベントが開催された。
アンディ・ラウが率いる映画製作会社Focus Films Limitedが、アジアの若手監督たちの支援を目的に製作した作品群(香港、台湾、中国、マレーシア、シンガポールから起用された新進監督たちの6作品)の特集上映である。ご存じアンディ・ラウは、トップスターとしての活動はもとより、このようなプロジェクトを手がけた映画プロデューサーとしての功績を評価されて、2006年の第11回釜山国際映画祭では「第4回アジアン・フィルムメーカー賞」を授与されている。
このプロジェクトのことは、何年も前から日本の配給権を持つIMXからリリースされ、筆者も当時から心待ちにしていたが、日本においては、今回のパッケージとしての上映の前に、バラ売りの形にはなるが、05年の第18回と06年の第19回の東京国際映画祭に分かれて6作品すべてが初上映されている。

「クレイジー・ストーン 翡翠狂騒曲」2006年中国/ニン・ハオ(寧浩)監督
「靴に恋する人魚」2005年台湾/ロビン・リー(李芸嬋)監督
「I’ll Call You」2005年香港/ラム・ジーチョン(林子聡)監督
「My Mother is a Belly Dancer」2006年香港/リー・コンロッ(李公楽)監督
「Rain Dogs」2006年マレーシア/ホー・ユーハン(何宇恆)監督
「Love Story」2006年シンガポール/ケルヴィン・トン(唐永健)監督

5つの地域・国にわたるが、6本すべて中国系の社会を描いた中国語作品である。ちなみにこのうちの「My Mother is a Belly Dancer」は、福岡でも2007年のアジアフォーカスに提供され、上映されている。
じつは筆者は、このなかで唯一未見であったマレーシアの「Rain Dogs」を、この機会に観た。断言はできないが、これは、おそらくたぶん、日本で商業公開された唯一初めてのマレーシア映画ではなかろうか。
話は少し脱線するけれども、劇場未公開だがビデオリリースされているマレーシア映画ということでは、いまや同国では代表的なひとり、アズィス・M・オスマン監督の「サンライズ・イン・カンポン(Asian Beat: Sunrise in Campung)」(93)がある。形としては日本・マレーシア合作で、林海象プロデュースの「アジアン・ビート」シリーズのひとつになる。永瀬正敏を主演に製作された、アジア各地を舞台としたアクション・ドラマの6連作である。シリーズの監督には台湾の余為彦、香港のクララ・ロー、タイのチャートリーチャルーム・ユコーン殿下などが起用されているので、ひと世代前とはいえ、アジア新星流プロジェクトと通じるところがあったのかも。
このアズィス・M・オスマン監督と筆者は面識がある。彼は2001年に来日(来福)している。そのときにレンタルの「サンライズ-」を店から借りてきて彼と一緒に観たのだが、「こんな作品初めて観るよ」と照れていたオスマン監督のことを、思い出す。
この他、合作ならばNHKの国際共同制作作品の「闘牛師(Jogho)」(97)(やはり来福経験のあるウ・ウェイ・ビン・ハジサアリ監督)もあるが、放送はされているものの、やはり劇場公開作ではない。
話を戻す。マレーシアの俊英、ホー・ユーハン監督作「Rain Dogs」である。まず常識的でないところをあげると、オープニングから30、40分たってやっとタイトルがスクリーンに現れるということ。そこでは英語で「Rain Dogs」と、続けて中国語で「太陽雨」と。この太陽雨という題名が何ともしっくりとした作品である。太陽雨というのは、いわば天気雨ということなのだろう。ラストでは空に大きく虹がかかるという希望的な終わり方を迎えるが、それは天気雨という、雨と晴れのどっちつかずの境界の状態から、やがて雨が止んで晴れていくという時間的経過を、ティーンエージャーである主人公の身に重ね合わせているのだと思う。
主人公のテュンも、田舎を捨ててクアラルンプールへと出てしまった兄のいるオトナの世界に近づく年齢となった。彼は、母をひとり村に置いて、都会に行ってしまった兄のもとを訪ねに行く。しかしテュンの兄は、高層アパートの一室を借りる準備までしていたというのに、プールバーでのささいな喧嘩から、命を落としてしまう。
深い悲しみと喪失感から、テュンは、母との関係もうまくいかなくなって、漁村に暮らす伯父一家と暮らすようになる。ここでのさまざまな出会いや経験が、彼を少しずつ大人へと近づけていく…。
いわゆる若者の自分探しの物語としても、良質な映画だといえる。そこで中国語が喋られ、中華の生活習慣が登場しても、それらももちろんマレーシアの持つ風景なのだが、しかし観終えて、これがいわゆるマレーシアの映画だという特別な感慨は生まれなかった。作品の味わいは、侯孝賢や張作驥のような台湾映画の持つ空気に近い。力強くストーリーを語りあげるものではないが、何だかノスタルジックで、描かれている世界がちょっと泥臭くもあったりする。
マレーシア映画はここ数年、国際映画祭で取り上げられ、受賞の快挙も達成するなど世界の注目株となった。日本においては三年前の第18回東京国際映画祭でヤスミン・アフマドなどの何本もの傑作が頭角を現し、二年前の第19回ではついに「マレーシア映画新潮」と題した特集を組まれたことは、その成長発展の軌跡を語るうえで大きな結実のひとつでもある。
ただし、このムーブメントは、旧来から国内の庶民にとっては主流であるマレーシア映画(マレー系映画)によるものではない。マレーシアでは法で“マレーシア映画はマレー語で作られたもの”と定められており、前述のように中華系の社会を舞台に中国語で作品を作るホー・ユーハン監督などは、製作支援や公開の面でマレーシア映画という扱いを国内では十分に受けない。いまや海外では著名となったアミール・ムハマドやヤスミン・アハマド、ジェームス・リー、タン・チュイムイ、バーナード・チョーリーそれにホー・ユーハンなどの映画作家は、デジタル撮影による製作費の低予算化なども追い風になって、このインディペンデント映画のブームを引き起こしたのだが、彼らの作品は、どちらかというとマレー系、中華系、インド系といった民族が、協調して支え合っているという理想や道徳観ではなく、それぞれに固有の伝統や文化を守りながら共存しているというありのままの現実を、個々の社会の日常を丁寧に描くことによって見つめている。
せっかくなので、今後のためにもホー・ユーハン監督の軌跡をまとめておこうと思う。
監督はテレビ製作の出身で、テレビ映画である長編第一作「Min」(03)で第25回ナント三大陸映画祭の審査員特別賞を受賞。二作目「Sanctuary」(04)は、筆者も第9回釜山国際映画祭で観たが、その釜山でNETPAC賞を受賞。これはのち、昨夏の国際交流基金による日本マレーシア友好年記念の映画祭で「霧」という題で日本初上映となった。また共同作品として、第17回東京国際映画祭で紹介されたジェームス・リーら4監督で撮ったオムニバス「四人夜話(Visits)」(04)もある。そして、今回取り上げた「Rain Dogs」を挟んで、今年の第37回ロッテルダム国際映画祭では、短編「As I Lay Dying」(08)が、同じマレーシアのLiew Seng Tat監督のフレッシュな長編「Flower in the Pocket」とともにTiger Awardを受賞した。
ホー・ユーハン監督の躍進ぶりは、このようにその軌跡を辿ることではっきりわかるが、マレーシア映画界自体も、第36回ロッテルダムでタン・チュイムイ監督作「Love Conquers All(愛は一切に勝つ)」(ホー・ユーハンは編集で参加)、第37回で前述の「Flower in the Pocket」が連続してVPRO Tiger Awardを受賞することで、マレーシア・ニューウエーブによる芸術映画の高まりを見事に立証したのである。
アンディ・ラウという大きな存在こそあれ、ホー・ユーハン監督の「Rain Dogs」がマレーシア・ニューウエーブを代表して日本の商業公開作第一号となったことは、記念すべきことである。
最後に蛇足だけれども、この「Rain Dogs」で主人公の兄の友人を演じているピート・テオはマレーシアの人気シンガーでもある。韓国・釜山には、PIFFと並ぶ風物詩として、夏の「釜山国際ロックフェスティバル」がある。そこの事務局の中心的人物Ray Park氏から、以前に、そのピート・テオに関する雑誌・新聞の記事(ほとんどが日本のもの)をどっさりといただいている。 第19回東京国際映画祭にゲストとして来日したピート・テオが受けた取材の数々である。Ray Park氏はピート・テオと親しく、釜山のロックフェスにピートを呼ぶにあたって集めた資料だそうだが、それらは筆者にとってとても役立っている。
そうそう、「Rain Dogs」には、ヤスミン・アハマド監督も、女優として、主人公の伯父の妻というまあまあ重要なポジションで登場する!
(2008年5月30日)


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福岡アジア美術館で出会った映像作家シャーマン・オンの才能 [マレーシア]

映像文化の研究者であるK・N氏の紹介で、12月9日日曜日の午後、福岡アジア美術館の交流スタジオまで足を運んだ。9月から福岡に滞在して映像作品を制作していたマレーシア籍のアーティスト、シャーマン・オン氏の完成披露上映があると聞いたからである。
福岡アジア美術館はアジアの近現代美術に焦点を絞って収集していて、アジアのアートに限れば、世界にも例を見ない唯一の美術館である。ここでは展示だけでなく、アジアの美術作家や研究者を招聘して制作や研究といった美術交流をも追求しているエネルギー発散型の美術館である。そしてそのエネルギーとは、アジアのパワーに他ならない。このアーティストらを滞在させるレジデンス事業は8回目になるそうで、これまでにさまざまなジャンルから招かれていて、映像分野は筆者の記憶ではインドネシアのハヌラ・ホセア(確かドイツを活動拠点にしていた人)以来ではなかろうか。
さてシャーマン・オン氏は滞在中に、言葉に代えて組み写真で視覚的に表現した“ビジュアル俳句”や、小学生たちとマレーのポップミュージックに合わせて映像作品を作るワークショップを行ったほか、今回上映された110分のデジタル長編「はし/hashi」を制作したそうである。
まず「はし/hashi」について感想を述べるが、期待以上に完成度が高かった。特に予備知識も持たずに観て、そののちに館内の彼に関する展示や上映時のトークを通して思ったのだが、きっと以前から温めていたアイデアが根っこにこそあれ、これはどうも即興の作劇のようだ。チラシには「福岡に住む14人の出演者の体験をもとに、その多様なイメージからストーリーを構成」とある。また展示のボードにはこうも書いてあった。9月12日に福岡到着。9月25日に出演者を募集して9月29日と10月6日にオーディション。10月19日にクランクインして31日にクランクアップ。11月に編集。日本にやってきてからシナリオハンティングを兼ねながら出演者を探し、日本語もわからないのに日本人の物語を紡いでいく(完成作にはちゃんと英語字幕まで付けられていた)。そしてその作品は、滞在中の3か月以内に完成しなければならないという制約。そう、これはまるで映画製作版の「料理の鉄人」ではないか。そういう意味では、よくできていたと言いたい。もう少し編集をやり直して、いろいろなところで公開すればと思う。
撮り方がまず実験的で、監督独特の哲学と美学が入り混じってはいるが、ドラマとしてはまあ見やすい。30歳ぐらいのジュンコと職場の先輩のシノさん、そこに出入りする弁当配達のまだ若いモモ、三人の女性の日常からそれぞれの世界観を静かに炙り出す。ジュンコは、ビル影が胸の中にまで忍び込んできたのかのように、心の片隅に闇を持った都会のワーキング・ウーマン(古くさい表現ですみません)で、シノさんは年齢的にも自分のペースを持って生きている中年女性。モモは頭のねじが少し緩んでいるかのように夢見がちである…。彼女らは素人役者ばかりだと思うがそんなにつまらない演技はしていない。やや戸惑うのは、ジュンコやモモの役をそれぞれ2人、4人の複数の役者(顔が似ているわけでもない)が110分間のなかで交替で出演していることである。シャーマン監督は「皆アマチュアで仕事を持っているので、全編通しての出演が難しかったから」と説明したが、どうも怪しい。一人のキャラクターが、劇中に何通りも顔・姿・声を変えて登場してくるなんて、何とも意味深ではないか。観客は誰もが深読みしたことだろう。この作品を、例えば欧米で上映した場合に日本人顔の区別をきちんと付けてもらえること(いやこの場合は区別が付かないほうがいいのか?)を祈りたい。
劇中で、正確には記憶していないが、“橋の端で私はクジラの歌を聞いて、そして箸を折って…”といった感じの詩が何度か登場する。掛け言葉が、野田秀樹のように美しくハマっていればいいのだけれど、そうでないからちょっと後味が悪かった。
タイトルの意について、シャーマン監督はトークで、滞在中に学んだ日本語の“はし”だと言い放った。つなぐ役割を持つ橋、不安定な状況である端、ご飯イコール安定を表す箸。これらトリプル・ミーニングを持つ日本語の“はし”は、人の生活を表すにいい言葉だと感じたそうだ。まあ、いろいろ言っても勝負は映像で。もう少し編集をやり直せば、もっといい映画になると思う。
「はし/hashi」の上映後、休憩を挟んでシャーマン・オン監督のシンガポールで撮った短編作など5本からなるプログラム(おまけが付いて正確には6本)が続いた。これらのことは、また後日書こう。
(2007年12月22日)

[追記] 「はし」は、2008年4月に開催された第21回シンガポール国際映画祭で上映されたそうだ。
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マレーシアの新鋭ディーパク・クマーラン・メーナン監督のデビュー作「砂利の道」 [マレーシア]

東京では、10月から11月にかけて相次いで大きな映画祭が開催され、そこで上映されるアジアの未公開作の中には、このホームページで以前に取り上げたものもあるので、それを申し上げておこうと思う。
まず11月17日に開幕する第8回東京フィルメックス。特別招待作品としてイランのダリウシ・メールジュイ監督の「Santuri, The Music Man」が「サントゥール奏者」という題名で上映される(2007年2月14日付のブログ)。イラン映画界の巨匠メールジュイ(今年の釜山国際映画祭の審査委員長を務めた)が最新作の主人公に持ってきたのは、酒と薬物に溺れるひとりのミュージシャン。新奇なテーマに驚かされる。
それから、すでに10月20日から始まっている第20回東京国際映画祭では、アジアの風部門のディスカバー亜州電影というカテゴリーで、98年に没した韓国のキム・ギヨン監督の1963年作品「高麗葬」を紹介。筆者が観たのは2007年3月1日付のブログのとおり、フィルムの一部が欠落したバージョンだが、東京での上映版は韓国映画振興委員会が復刻した完全版である。この韓国の“楢山節考”は、東京の観客に衝撃を与えるだろう。
この他にも東京国際ではアジアの風部門で、第31回香港国際映画祭のレポートとして紹介した中国映画「箱子(スーツケース)」、2007年アジアフォーカスのレポートでとり上げたイラク映画「Crossing the Dust(砂塵を越えて)」が上映される。
それから、マレーシアの新鋭ディーパク・クマーラン・メーナン監督の2作品「砂利の道」(05)と「ダンシング・ベル」(07)がアジアの風のプログラムに組まれている。昨年11月の第19回東京国際映画祭や、さきに閉幕したばかりの第12回釜山国際映画祭では、マレーシア映画界の新世代の台頭に焦点を当てた特集を組んで注目しており、今回のメーナン監督の2本の上映は、東京の観客にとって、昨年の特集を補完する役割を果たすだろう。
「砂利の道」は過去に2005年アジアフォーカスで上映されており(現在は福岡市総合図書館で収蔵)、当時のアジアフォーカスの公式カタログ(05年9月発行)に掲載した作品紹介の拙稿があるので、2年前の文ではあるが、ここに再掲しておこうと思う。

●砂利の道
【解説】ここ数年マレーシアのインディペンデント映画が、国際的な舞台において目立った動きを見せている。「ビッグ・ドリアン」のアミール・ムハマド、「美しい洗濯機」のジェームス・リー、「Sanctuary」のホー・ユーハンなどだ。そして2005年の第34回ロッテルダム映画祭でプレミア上映された、このデジタル作品「砂利の道」も驚嘆させられる傑作のひとつとなった。新しい才能の誕生といっても言い過ぎではない。監督は新人ディーパク・クマーラン・メーナン。60年代のゴム農園で暮らすインド系一家の日々を実直にスケッチした小品であるが、特筆すべきは、マレーシアで作られた初めてのタミル語映画だということである。
マレーシアは多民族国家だが、マレー系(65%)中華系(26%)が多くを占め、インド系はわずか8%。そのインド系住民の大半は、20世紀初めのプランテーション開発における大規模な移民(主にタミル人)がもとになっている。自身がインド系である監督は、映画製作にあたって両親に捧げる作品にしたいと考え、プロデューサーのタン・チュイムイ(「Sanctuary」の編集、中華系)とともに、どのような映画だったら見たいかを、自分の母親にあたった。その結果、現役教師でもある母ソリア・クマリが、若き日の自身の実体験をもとに脚本を担当することになったわけである。製作予算に大いに苦しみ、ローンで手に入れたデジタルカメラひとつから、インド系マレーシア人の記念碑となるべき作品が生まれたわけである。この作品に対する世界的な賞賛は、製作スタッフはもとより、インド系住民にとっても、大きな誇りとなることだろう。

【あらすじ】両親、母の弟、姉、妹2人、弟と暮らす娘シャンター。インド系のこの一家はプランテーション農園の労働者として生活していた。ある日料理の得意な姉に縁談話がくるが、それには相当の持参金が必要だった。そのため両親は金の工面に頭を抱えてしまう。一方で大学進学を志すシャンターは、自宅から遠く離れた高校に通いながら、仕立屋でアルバイトもしていた。しかし大学の願書を取り寄せていることを知られたことで、母親との間に不協和の空気が流れ、ついには母が毒を飲んでしまう。母の命には別状はなかったが、農園の女性が高い教育を受けるというのは許されないことだった。雑貨屋のひとり息子サランから求愛を受けながらも、将来教育者となってこの農園に帰ってきたいというシャンターの夢が揺らぐことはなかった。そんなとき、高校の担任がシャンターの大学合格と奨学金についての嬉しい知らせを持ってくるが、直後に悲劇が起きた……。

(2007年10月22日)

※ディーパク・クマーラン・メーナン 監督の最新作「ダンシング・ベル」は、10月28日に閉幕した第20回東京国際映画祭でアジア映画賞スペシャル・メンションを受賞した。審査員の顔ぶれは、上野昂志 (映画評論家)、荒木啓子 (ぴあフィルムフェスティバル ディレクター)、奥原浩志 (監督)の3氏。




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福岡でもロケをした、相撲がテーマのマレーシア映画 [マレーシア]

福岡においても撮影が行われていたころ、その完成を待ちわびていた「Sumolah」というマレーシア映画がある。マレーシアの場合、昨年の第19回東京国際映画祭で特集された中華系のアート作品群とは別にして、国内ではメインストリームの位置を陣取るマレー系の映画界が存在する。これらは基本的に娯楽作なので国際的に取り上げられることは少ないが、3年前に福岡でアジア太平洋映画祭が開催されたときには、翌年第50回映画祭の開催地マレーシアから、人気女性シンガーのエイミー・マストゥーラら、大人数の代表団が来福して賑やかなパフォーマンスを繰り広げたことがとても記憶に残っている。
で、件の娯楽映画「Sumolah」だが、NHK・BSがちょうど今日の夕方“マレーシアで5月から公開が始まった相撲をテーマにした映画が現地でヒット、シンガポールでも近く公開予定”というニュースを流した。題名はそのとおり“相撲だ”という意味だ。クアラルンプールの寿司屋で働くことになったマレーの男が相撲と出会い、仲間や家族に支えられながら、稽古を積むことで精神的に逞しくなっていくというコメディである。監督・主演はコメディアンで俳優のAfdlin。NHKでは、相撲という日本の文化がマレーシアではどう見られているかという視点でこの映画を取り上げていて、イスラム教では男といえども尻を出すことはご法度で、まわしはパンツの上から締めているということ、マレーシアにも小さいながら相撲愛好会があって彼らが製作に協力したことなどを伝えていた。
さて、ここからはアジアの映画における日本の描写の話だ(近年流行の各国スター競演によるコラボレーション大作はこの場合除く)。戦争もののみならず現代ものでも、日本人が登場したり、日本の文化を取り上げたものが少なからずある。しかしそれらのなかには現地俳優がたどたどしい日本語を喋って日本人役を演じたり、きてれつな日本の文化習慣が登場するケースが結構ある。コメディ映画ならば、デフォルメだと思って笑い飛ばしてもいいだろうが、シリアスな作品だとそのおかしさは目立ってしまう。もちろんそれらをヘンだと感じるのは、観客がたまたま日本人だった場合に限られるが。
そういう意味ではタイの巨匠チャード・ソンスィー監督の、日本を舞台にした映画「絵の裏」(01)は完璧な表現だった。また、マレーシアの売れっ子監督アズィス・M・オスマンの「アドナン中尉」(00)。これはマレーシア側から太平洋戦争を描いたもので、大変素晴らしい力作なのだが、我々から見るとヘンな日本兵が出てくる。かつてこの映画がアジアフォーカス・福岡映画祭で取り上げられて上映されたとき、客席からそれを指摘する声があがり、監督は「日本に招待されて光栄。製作している段階では、まさか私の映画が日本で評価されて上映されるなんてことは思ってもいませんでした」と苦笑している。
そりゃあ、そうだろう…。まあとにかく、限られた少ない予算で映画を撮るのはいろいろたいへんだ。
【追加】今年2月にテヘランで行われた第25回ファジル国際映画祭で、審査員として参加していたマレーシアのヤスミン・アフマド監督に会って話をした。何とおばあちゃんが宮崎出身とのことで、彼女の話す日本語の挨拶は美しかった。
(2007年6月25日)


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