So-net無料ブログ作成
ベトナム ブログトップ

20th BIFFから/「Farewell, Berlin Wall」 [ベトナム]

韓流ドラマ・映画が、コンテンツとして目覚ましく発展していく過程で、僕の観た範囲でも「オールイン」「デイジー」「アイリス」などなど、物語のその舞台を海外にまで広げ、誇らしげに示されてきた国際的存在感に圧倒されたものだが、ドイツとベトナム合作の「Farewell, Berlin Wall」(2015)について、二、三十年前には乏しい機材で撮られてきたベトナム映画も、いよいよ欧米をフィールドにして描かれるようになったのかと感慨深く観た。
Nguyen Phan Quang Binh監督による、渾身のエンターテイメント作だ。時代は1989年。ドイツを目指して、国境の山越えを試みようとしている不法移民の集団。それは、いま現在シリアから逃れてきている人々の姿にも重なる。
Quyenという女性は、吹雪の中、夫と引き離され、ブローカーの男に山小屋で犯されてしまう。ドイツにたどり着くためには、この抑圧的な男に従うしかないQuyenが、その後、彼女を取り巻く複数の男たちが絡む運命に翻弄されていく歳月の物語である。
難民キャンプで再会した夫、彼女に好意を寄せる通訳のドイツ人男性、ギャングのボスとなるブローカー、Quyenと三人の男性の関係が、東西ドイツの統一という時代のうねりを乗り越えながら描かれていく。彼らベトナム人移民たちの居住区は、一方で犯罪組織の巣窟でもあり、その闘争が作品の一片を形作る。ギャングのボスの子を産まされ、この娘だけが自分の存在理由だと言ってきたQuyenが、物語の最後になって、ここドイツには自分の居場所はないと悟る。ドイツ人通訳の結婚の申し出を断り、この異国で財を成した夫とも復縁せず、殺された、娘の父親の遺灰を抱いてベトナム行きの飛行機に乗るQuyenのラストシーンからは、壮大な迷走の果て、あっけなさが残る。
韓流女優ハ・ジウォンが演じるような凛とした気丈さはなく、激流に身を任せていくばかりのメロドラマ的なヒロイン像は決して好みではないが、監督は、彼女が他者の手によって負っていく心の傷を描き出したかったのだと思った。
(2015年11月16日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

18th BIFFから/ベトナムのアクション活劇「Once Upon a Time in Vietnam」 [ベトナム]

※結末にふれています

10月6日にMegabox Haeundae 7で観たのは、ベトナムのアクション活劇「Once Upon a Time in Vietnam」(2013)のインターナショナル・プレミア。初監督にして主演の、ベトナム映画界の国際的なハンサムスター、ダスティン・グエン(Dustin Nguyen)が、まるでツイ・ハークのような世界の中に役者としての自分を置いて、悦にいって、おおいにかぶいている。いや、そのようにみえる。これはおそらく、ベトナム初の武侠ドラマだろう。
ダスティン・グエン演じる、鎧をその身にまとったさすらいの武士Baoが、炎を棚引かせた猛スピードのハーレー型バイクに乗って、砂地の村に現れる。ワンスアポンアタイムって、おいおい、一体いつの時代の話なのか。おっと、その前の冒頭でまず、特殊効果満載の香港シネマ的なマーシャルアーツの取っ組み合いが酒場で繰り広げられ、これまで国際映画祭に名乗り上げてきたようなベトナムセンスのベトナム映画とは極めて異質な方向性の作品、すなわち市井の人々の人生に視線を落としたローカル作品ではなく、SFXアクションのグローバル化に沿った商品であることが示されているので、風俗や時代考証などを生真面目に気にする必要のないファンタジーであることが最初からの了解事項だった。
村にたどり着いた言葉少なく浪人風のBaoは、10歳くらいの息子Hungを持つ夫婦のところで世話になることに。夫婦はパン屋を開業しようと準備をしているが、一帯を仕切っているチンピラたちに脅されており、Baoはその用心棒的な行動をとるようになる。また息子HungもBaoから武術を習い、いじめっ子に一矢報いた。
もう半年近く前に観た作品なので、塊になってしまっている記憶の中から物語展開を引っ張り出していく点で、話の前後や詳細がぼんやりしているかもしれないことを承知の上でその後を書くと…
パン屋の妻Anhは美人だが、じつは普通の女性ではない。ギャングの手下どもとひと暴れするところからみて、彼女も武術の達人のようである。そして、この女性とBaoの間には、過去に何か繋がりがあったことが少しずつ示されていく。二人はともに皇帝を守る軍に属していた。そして愛し合う仲だった。Anhの兄を処刑せよとの将軍の命令にBaoは従わず、結果、二人は裏切り者として追われる身となっていたのだ。
と、パン屋夫婦の家が火事で焼けてしまう。火元は息子Hung。このアクション活劇には、マーシャルアーツだけでなく、剣術や妖術もでてくるが、まだ幼いHungはBaoから炎の技を習い、体得したというのか? 店を継ぎたくないというHungはじつはパン屋の息子ではなく、Baoの遺伝子を持っているのか? パン屋の主人は、妻とBaoの過去の関係をうっすらわかっていたようだ。
地元のチンピラとのいざこざは前座のようなもので、この村に乗り込んできた将軍たちが、ついに二人の前に現れる。逃亡の時にAnhが将軍に体を捧げて、Baoを救ったという過去のエピソードもどこかに挿入されていたが…、えっ、将軍はAnhを愛していたのか?
ついにBaoとAnhは、宿敵の将軍と対峙する。Anhは昔の鎧を取り出してきて、身にまとう。このAnhを演じるThanh Van Ngoという女優は、それにしてもすごく美しいのだ。その魅力を十二分に爆発させるためか、彼女が着る鎖帷子のような鎧は、覗けと言わんばかりに胸元だけをぱっくり開けた、ドロンジョさまの如きありえないもの。これだと、胸をひと突きされたら一巻の終わりではないか、防具にならないよ。
というツッコミを無視するように、スクリーン上では、握ると石のようになる拳の技、火柱をあげる術などが繰り広げられていくが、BaoとAnhの二人がかりでも将軍にはかなわない。その戦いにまだ幼い子どものHungが加わり、その小さな体から大きな炎を立ち上げると、一瞬将軍が怯む。なぜ、この子どもが自分と同じ技を…と将軍が驚いた隙を狙って、ついに二人は将軍を倒した。
話の終わらせ方は定番だ。パン屋一家のもとに突然現れたBaoは、行き先も告げずに静かに去っていく。Baoに好意をもち、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする村の娘が全編の要所要所に出てきていたのだが、その子の見捨てられ方もお約束。このエンディングにて、ダスティン・グエンがかぶきまくってる!とあらためて思った。僕は最後まで心をつかまれることはなかったけれど。
(2014年3月11日)




nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

第41回ロッテルダム国際映画祭・短編コンペ部門最高賞の「ビッグ・イン・ベトナム」 [ベトナム]

今年の福岡の「イメージフォーラム・フェスティバル2012」は、6月6日に福岡市総合図書館で開幕した。開幕初日の最初のプログラムは、「ミスプレイスド・ストーリーズ~場違いなお話」と題された20分前後の短編4作品。
実験映画としてはドラマ寄りのポルトガル「波」、軽妙で風刺的な香港の「厳格な体制」、映像と音に訴えた、パラグアイ作品ということではたいへん珍しい「イスラ・アルタ」に続いて、最後4本目は今年の第41回ロッテルダム国際映画祭・短編コンペティション部門で最高賞タイガーアワードを受賞したばかりのフランス作品「ビッグ・イン・ベトナム」(2012)。
上映前の説明によると、マティ・ディオップ監督は、ベトナム系のフランス映像作家だそうだ。祖国を離れて生きるベトナム人の望郷の念に満ちていて、手さぐりで生きてきた、その人生までが垣間見えてきそうな、ミステリアスな雰囲気の漂う作品だ。
サングラスの、主人公のベトナム人の中年女性監督が撮影している映画の現場。それは官能に支配され、快楽を追求していく、いかにもフランスらしい恋愛ロマン作のようである。マルセイユの森でのロケ。モーツァルトの曲を流しながらカメラを回していくが、貴族の衣装をまとった俳優たちの中で、サオという男優(ベトナム系?)が突然いなくなってしまう。彼なしではベッドシーンも成立せず、撮影は休止になってしまう。
男優を捜すためか、夜の港町をさすらう女性監督と、森の中をさまよう俳優の映像が何度かオーバーラップして交錯していく。そして監督はカラオケバーで出会った同郷の男と、ベトナムの曲を熱唱する。その男は遠く離れた故郷に思いを馳せながら、自分の身の上を語り始める。何十年も前に小さな船でベトナムを発ち、難民として最終的にフランスに辿り着いたのだと…。
監督と男、二人の姿をとらえたカメラは、まるで隠し撮りのようだ。傍観の視線が、孤独感を客観的に強調する。30分足らずだが大きな想いの詰まった作品で、短編なのに、驚くほど重さがある。
ついでに、翌週6月13日からは、東京と福岡で開催される「EUフィルムデーズ2012」が、シネラでも開幕。初日の最初の上映「アイルランドの事件簿」は、思った以上にお客さんの入りがいい。何日か前にNHK・BSで紹介された影響かしら。できればその時に流れたロック・ミュージカル「メイド・イン・ハンガリー」を、東京だけでなく福岡でもやってほしかったなあ。
(2012年6月13日)



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2011/400字レポート⑤ 「タンロンの歌姫」 [ベトナム]

アジアフォーカス2011/400字レポート ⑤
「タンロンの歌姫」(10) ベトナム ダオ・バー・ソン監督

筆がさらさらと“龍城琴者歌”と作品タイトルを走らせるアップから、物語は始まる。ベトナムでは文字表記を変えてしまっているので、漢字そのものを映画でみることは、歴史劇でない限りは珍しい。本作はこれまでお目にかかることのなかった時代を描いていることが、まず一番に注目するところである。タンロンは、ハノイにあったベトナムの王朝の都だそうで、時代背景は、中国(清)という後ろ盾を持った黎王朝と、それを攻略せんとするタイソン派との間で、攻防が繰り返される18世紀末。劇中で描かれる反乱による勢力構図の変遷はもちろんだが、中国文化の影響を受け、交流があったことがわかることがとても興味深い。特に科挙の制度がでてくると、ほおと思う。
これは、科挙に合格しタイグエン地方長官に任命されながら、都で起きた争乱に巻き込まれていく若き官吏グエン・トー・ニューをはじめ、時代に翻弄されていく人々の運命の物語である。トー・ニューと、仕方なくタイソン派についてしまった、トー・ニューの兄である丞相グエン・デーとの10年ぶりの再会には、苦難の果てに、ホッとさせられる。しかしじつはこの作品の主題は、冒頭に登場する月琴の形をした井戸にまつわる言い伝えに基づいた“恋わずらい”で、トー・ニューが都から避難するときに初めて言葉を交わした、宮中女子楽坊の楽士カムとの関係である。そのときにトー・ニューは彼女に詩を渡し、以来会うことなく、やはり10年ぶりに宴の席で再会する。けれども互いにそれほど焦がれていたわけでもなく、ドラマのラインとしては惹かなかった。作品中、歌や詩が多く使われ、言葉で感情を表そうとしているのだが、ちょっと説明的すぎた。1783年から始まるこの男女の因縁は、30年後の1813年まで続くのだが、どうも共感しない。
監督のダオ・バー・ソンは、2003年のアジアフォーカスに「天の網」(02)の主演俳優として来福。そのときに「本職は映画監督で、俳優も時々やっている」と語っていたが、風格ある時代絵巻の監督作を観ることができたのはよかった。
(2011年9月21日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

ベトナムの銀幕スターたちがワールドプレミアに華を添えた「Floating Lives」 [ベトナム]

韓国の映画雑誌「シネ21」が釜山国際映画祭の期間中に発行しているデイリーの表紙グラビアは、肝心のなかのハングル記事が読めないという理由もあるけれども、表紙こそは配られる上映会場での眼の楽しみになっており、日替わりで飾る蒼井優や湯唯などの銀幕スターの姿はとても眩しい。
今年、第15回映画祭の10月11日発行第5号の表紙に登場したのは、ベトナム映画「Floating Lives」(10)の俳優たちだった。「パオの物語」や「コウノトリの歌」で知られる女優ドー・ティ・ハーイ・イエン(Do Thi Hai Yen)と、彼女よりも少し若そうな女優Tang Thanh Ha、農夫役にしてはハンサムでかっこいいダスティン・グエン(Dustin Nguyen)の三人。劇中の役どころからは想像できないファッショナブルな姿に、特にダスティンは「伝説の男」では知的障害をもったアクションヒーローを演じていた役者ということにも最初気付かないくらいで、堂々として自信に溢れたその表情からも、“どうでしたか、この「Floating Lives」は?”みたいな声が聞こえてきそうで、ベトナム映画に新しい波が打ち寄せてきていることが見えてくる。
映画は、10月9日にLotte Cinema Centum City 7で観たが、冒頭からいきなり衝撃的な場面。半裸の女性Suongが女たちに追われ、街裏を逃げまどう。彼女は娼婦で、Dienという少年が逃げる彼女を匿う。そのままSuongはDienの家族と暮らすようになるが一家の暮らしは船上、Dienは年頃の姉Nuongと寡黙な父と三人で生活している。美人だった姉弟の母親は仕立屋との情事がバレて家を出てしまい、怒った二人の父は、家に火を放ったことがあとからわかる。その後は家鴨を育てながら河の上で、まるで浮草のように放浪して生きているのだ。
Suongに異性を感じるDien。同じ女性としてSuongと姉妹のように親しくなっていくNuong。そのSuongは、彼女と肌こそ重ねながらも決して心を開かない二人の父に想いを抱いている。
メコン流域の、美しい田舎の風景を背景にそれぞれの愛憎が絡み合っていく。Suongを演じるドー・ティ・ハーイ・イエンの姿があまりにも妖艶で、父を演じるダスティン・グエンの姿がドラマの中ではあまりにもかっこよすぎて、おまけに背景はベトナム情緒たっぷり。ちょっとベトナムらしすぎる映像美は異国の香りを視覚的には伝えてくれるが、そこに生きる人々の心の内は異国の人々でも何でもなくて、人との関係に疲れて放浪人生を送っているなんて、それこそ無国籍なテーマでもある。そういった点もベトナム映画の新しさを感じるところで、見た目ベトナムらしいといえばベトナムらしいし、らしくないといえばベトナムらしくない、そういう印象を持った。
「コウノトリの歌」を撮った、グエン・ファン・クアン・ビン(Nguyen Phan Quang Binh)監督の作品だそうだ。
(2010年12月3日)

M21-5.jpg

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2009/400字レポート③「きのう、平和の夢を見た」 [ベトナム]

アジアフォーカス2009/400字レポート ③
「きのう、平和の夢を見た」(09)ベトナム ダン・ニャット・ミン監督

ベトナム戦争時、南ベトナム・クアンガイの野戦病院で献身的に働いていた女医トゥイは、70年に戦死するまでの間、戦火の生々しい様子を克明に記した日記を残していた。その日記を偶然手にした米兵フレッドは、ずっと気にしながらそれを保管し、35年後についに遺族を捜しあてて手渡す。実際にあった出来事の映画化。劇中のトゥイの物語は、日記文からのフラッシュバックで、帰還後のフレッドの行動の方が進行形として展開されるので、意外にもフレッドの一家を中心にドラマを観ていくことになった。この点まず魅力である。この家庭内にもドラマがある。軍人一家で兄嫁はベトナム人、そして姪はイラクに派兵される…。戦争の犠牲になった命は数知れないが、本作では日記を辿っているのでトゥイは悲劇の象徴となる。
60年代にドキュメンタリー界からキャリアをスタートしたベテラン監督の、事実に忠実な映画づくりは生真面目であり、だからこそ観客の信頼も得ている。今年の映画祭観客賞を獲得したことも、期待どおりの完成度に多くの満足投票を得たからだろう。フレッドはベトナムに渡るカメラマンに日記の画像データを入れたCDを託し、それを受け取った遺族はパソコンの画面を見ながら「これはトゥイの日記だ!」と驚く。実話の手順が実際そうであっても、演出上ちょっと脚色して、フレッド本人が日記そのものを手渡すようにしても良さそうだが、そうはしなかった監督の実直さが好きだ。
(2009年9月28日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

アジアフォーカス2009/400字レポート① 「伝説の男」 [ベトナム]

アジアフォーカス2009/400字レポート ①
「伝説の男」(08)ベトナム リュー・フイン・リュー監督

「鈍いけど、僕は馬鹿じゃない」といつも言い返す主人公ロンは枯葉剤の影響で、知的障害を持ってうまれてきたけれど、育ての母ランによって幼いころから地元のビンディン武術の奥義を教えられた。「1万の技よりも、ひとつの技を1万回練習すること」。彼にはいつのまにか母譲りの技が受け継がれており、その素質が、実の父だと教えられたブルース・リーの眠るアメリカを目指す旅の途中に、売買されそうになる娘チンを救い出す過程でついに開花する。
「鈍い」と言うが、チンを助け出すロンの行動は結構、計画的だ。映画の前半部分ではヒューマンドラマ的な要素も端々に感じるが、後半になるとアグレッシブな演出で、アクション・ムービーへと一直線の展開。ベトナムのマーシャルアーツものとして観れば珍しいが、ハンディキャップを持ったアクション・ヒーロー(ヒロイン)ものとしてはタイの「チョコレート・ファイター」の方がはるかにスリリングで、こちらの場合、寓話として終わってしまう。
(2009年9月27日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

久しぶりだったホン・アイン。彼女の熱演作には個人的に満足 [ベトナム]

ベトナムの女優ホン・アイン! チャン・ミー・ハー監督の「歳月」(98)、ヴィエト・リン監督の「アパートメント」(99)、グエン・タイン・ヴァン監督の「砂のような人生」(99)と新人時代の主演作が立て続けにアジアフォーカスで紹介され、来福もした彼女も、もうアラウンド・サーティーの役どころを演じるようになっていたとは…。今年の釜山国際映画祭でホン・アインの主演作に久しぶりに出会えた。笑うとできるエクボ、愛くるしい顔立ちは、10年前と全く変わっていないではありませんか!
10月4日、Busan Theater 3は満席に近かったが、当日券が買えて何とか一番後ろの席で、ワールド・プレミアのベトナム映画「The Moon at the Bottom of the Well」(08)を観ることができた。Nguyen Vinh Son監督は、カタログによると55歳、キャリアを積んだベテランだそうだが、瑞々しくて、これぞアジアというような異国情緒溢れるカメラワークで、筆者目当てのホン・アインを映し出してくれる。
ホン・アインは、深い愛情で夫を支える妻Hanである。夫は高校の教頭、Hanはその教師で、まあまあ豊かな生活ぶりである。夫は生活スタイルにこだわりのある人物のようで、Hanは朝早くからせわしく働く。庭仕事や家事、そして朝食を屋台まで買出しに行き、ロータス・ティーを淹れて、用意ができたところで夫を起こす。この夫にとってはこの上ない女性だと思う。しかし二人には子どもができないため、夫は、Hanの公認で離れた所に別の女性Thamを持ち、子どもを育てさせている。身重でもう一人産まれるようだ。
近く学校で校長選挙がおこなわれることになった。校長の職を狙う夫は、自分の女性関係がモラルに反していて選挙に不利になると考え、Hanとの離婚を決意する。もちろん書類上のことだからとHanも納得して、夫はThamと同居することに。逆にHanの方が彼らのところへ通うことになってしまう。妻の立場が入れ替わっていくという点ではキム・ギヨン監督の「下女」のような構図だ。
そして恐れていたことに、Hanは妻の座を、現実としてThamに乗っ取られてしまうのである。しかしHanにとって心痛むことはむしろ、夫がかつての気位を失ってしまい、自分の愛した男性ではなくなってしまっていることだった。Hanは変な祈祷師にいれあげ、狂ったようになってしまう。この悲劇的な展開は、情に溢れていて美しかった過去の情景を、対比的に観客にも思い出させるのである…。
ホン・アインの熱演作である。容姿から感じられる雰囲気や、劇中に彼女が陥る終盤のシチュエーションからみて、ベトナムのチョン・ドヨン(「シークレット・サンシャイン」の)というたとえは的外れだろうか。
ホン・アインが若いころに「砂のような人生」で演じたのも、南から来た主人公が北で結婚したもうひとりの妻という役だった。ベトナム映画では、このような男女間における女性側の悲劇がよく取り上げられるのだが、今回はそれが歴史的伝統的な運命に因るものではなく、わりと裕福な家庭で、それも教師という知識層の女性の身に起こった現代的なドラマということで、筆者にとって新奇なものだった。
(2008年12月4日)

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

2007年アジアフォーカスで観客賞を獲得したベトナム映画「アオザイ」 [ベトナム]

昨年、福岡市総合図書館を会場にしてベトナム映画祭が開催された。同施設の開館10周年を記念したもので、11月1日から26日までほぼ1か月の間、ベトナム映画20本の上映とともに、ベトナム映画界の巨匠ダン・ニャット・ミン監督も招かれて講演を行っている。その際に滞在中のミン監督と昼食をともにし、いろいろな話を聞かせていただいている(詳しくはこのブログの別項に記録)。そのときにミン監督からお勧めのベトナムの新作として挙げていただいたものが「癒やされた地」「パオの物語」(いずれも2006年のアジアフォーカスで上映)と「The White Silk Dress(英題)」だった。「The White Silk Dress」は昨年秋にミン監督とお会いする1か月ほど前に参加した第11回プサン国際映画祭で上映されていたが、時間が合わずに観ることができず、その後にプサンの観客賞を受賞したと聞いて、無理してでも観ておけばと残念に思っていた作品だ。
そして時を経て今年3月に台北を訪れたときには、この「The White Silk Dress」が台湾で今春封切られることを公開前の試写で観られた現地の映画評論家・張昌彦氏からお聞きして、台湾で商業公開されるベトナム映画(珍しい!)ということで、気に掛かった。また同じく3月に香港で開催された香港フィルマート(フィルムマーケットのこと)の会場では、この映画を海外セールスしているVietnam Media社のMs. Ngo Thi Bich Hanhにお会いした(「パオの物語」についてEメールの交換をしたことはあるが、このときが初対面)。台北、香港と思いがけずに「The White Silk Dress」に触れ、ベトナム映画の民営化を肌で感じたものだ。
さて、アジアフォーカスの観客賞では、副賞としてコダック社から映画用フィルムが贈られることになっており、その行方は一般の観客投票によって決まる。ただしその指標となるところがちょっと変わっている。“いかにその作品を観て感動したか”ということを一般の観客に対して5段階で問い、その平均点の高さを競うのである。つまり老若男女にとっての“感動もののトップ作”を選出する仕組みになっていて、いかに優れていても実験的な作風や、特定の世代にのみ受ける作品などにとっては分が悪い。そういう点で9月19日のセレモニーにて受賞となったこの「The White Silk Dress」(アジアフォーカスでは「アオザイ」という邦題になった)は、この賞の求める条件に十分あっていたと思う。逆にいうと、ノミネート作のなかで受賞の可能性のあるものはおのずと限られていたかもしれない。
衣服であるアオザイは、ベトナムの誇りであり象徴である。映画に登場する夫婦は、ひどく貧しくとも、アオザイのことだけは特別に考えている。一家のアオザイは、時代の荒波のなかで母から娘へ、そしてまたその娘へと継がれていく。ベトナムの苦難の歴史を背景に、アオザイをとおしてベトナム女性の波乱に満ちた人生を描いているが、ベトナム女性の美点ともいえる彼女らの逞しさはいったいどこから生まれてくるのだろう。ドラマは、特に後半、これでもかこれでもかというくらいに悲劇が繰り返される。これをくどいと思わずに、主人公たちとともに翻弄され続けた観客の涙が、みごと賞に結びついたのだろう。
(2007年9月25日)


nice!(0) 
共通テーマ:映画

ダン・ニャット・ミン監督から聞いたベトナム映画のこと [ベトナム]

福岡市総合図書館の開館10周年を記念して、同映像ホールで11月1日から26日までベトナム映画祭が開催されている。上映される20作品は、カルロヴィヴァリ国際映画祭で高く評価された「少女と小鳥」(62)といったベトナム映画の萌芽と呼ぶべき作品から近年の作品まで、同図書館が独自に集めたベトナム映画史上重要な作品やアジアフォーカスで取り上げられて保存されている貴重な秀作で構成されている。そして会期中の12日には「ベトナム映画の魅力」と題して、ダン・ニャット・ミン監督が自作を語る講演会が企画された。ミン監督は「十月になれば」(84)「河の女」(87)「帰還」(94)「ハノイ、1946年冬」(96)「グァバの季節」(00)といった代表作で、過去5回アジアフォーカスに参加しているベトナムを代表する監督である。講演会の翌日、ミン監督と昼食をともにし、いまのベトナム映画界のことなどいろいろな話を聞かせていただいた(ベトナム語通訳はA.A氏)。
去る11月7日にベトナムはWTO(世界貿易機構)への加盟を承認されたそうだ。よって今後正式に加盟後、これからの映画づくりは国営から次第に完全民営化、つまり国の映画会社はやがて株式会社化され、映画人もいわゆる公務員ではなくなっていく見通しらしい。劇映画12本など決まった本数は、今後も国が民間に製作を発注していくことになるが、基本的にそれ以外は、民間が自由に資金を集めて、利潤追求のために映画を製作していくことになるだろう、とミン監督から伺った。ということはもちろん芸術性が失われていく危険性もはらんでいる。もうすでに、美人モデルや歌手を女優として起用するなど、観客に媚びた映画ができている。これらは海外に紹介するには値しない映画で、映画監督のなかにも民間の場合は国の数十倍のギャラがでるために、お金に目がくらんでしまった輩もいるとミン監督は嘆いていらっしゃった。一方でWTO加盟により、海外(ハリウッド)の映画や外資系シネコンの流入といった問題もあげられる。ベトナム映画界は、これからは外国映画ともあらゆる意味で競い合っていかなければならない。これを機に必然的にダイナミックに変わっていくだろう。
今年のアジアフォーカスで上映された「パオの物語」は、ベトナムの有力なIT企業が出資してできた映画だ。今後、異業種の企業も積極的に映画づくりに係わっていく模様である。
さてじつは、ミン監督も年齢的には映画監督として定年を迎えた。ドイモイで市場経済となってはいても、これまで映画人(スタッフや俳優)はすべて、国の映画会社に所属する公務員だったからだ。だからといってミン監督は映画づくりから引退するつもりはさらさらない。すでに脚本も書き上げ、国の審査も通ったので、来年、民間で最新作を監督する予定だそうだ。これは逆にベトナム映画製作民営化の、まことに嬉しい側面である。
(2006年11月13日)


nice!(0) 
共通テーマ:映画
ベトナム ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。