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パルヴィズ・シャーバズィー監督の最新作「Malaria」 [イラン]

第73回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門でワールドプレミア上映された,イランのパルヴィズ・シャーバズィー監督の最新作「Malaria」(2016)。
事件の遺留品なのだろうか,何かの手がかりと思しき携帯電話から再生される録画映像のなかから,物語が始まる。そこに自撮りで登場してくる娘と若い青年は駆け落ちしてきたらしい。それも身代金目的のこの娘の誘拐を装って。テヘランへと向かう彼女らがヒッチハイクしたのは,マラリアという音楽バンドのメンバーAziの車。Aziが仕方なく二人を自宅に招いたところ,彼じしんが誘拐犯を追って殺気立つ娘の父親や兄たちとの騒動に巻き込まれていく。
マラリアというバンド名、いや題名が、何だかこの国では刺激的に聞こえる。そもそもこのドラマの主軸にある、女性を取り巻く伝統という固い殻を破らんとする一人の娘の冒険が、イラン社会においては病気であって、社会に対して熱を発しているというのだろうか。主人公が到着したテヘランでは折しも、欧米の経済的制裁解除に導いたザリフ外相を讃える国民で溢れていた。イランの国力を守り抜いたからだろう。その一方で、主人公のような若い女性の勇気は守られない。
ところでイランは今また、トランプ米国大統領と向き合うことを余儀なくされている。
(2017年2月2日)


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第43回日本賞グランプリ作品「消えたブロガー“アミナ”」 [シリア]

2016年末、新聞のテレビ欄で午後をまるまる使って第43回日本賞の各部門受賞作品を紹介するNHK・Eテレの番組をみつけて、チラチラ観るつもりが、ラストの90分位のグランプリ作品に至っては、しっかり最初から最後まで観てしまった。
日本賞とは、NHKが主催している教育コンテンツの国際コンぺティションらしい。年少の部門ではサッカー選手を夢みるアフリカの少年や、難民キャンプのシリアの子どもたちを取り上げた作品などなどだったが、グランプリ作「消えたブロガー“アミナ”(The AMINA Profile)」は一般向けで、少々アダルトなテーマ。冒頭には若い全裸女性のセクシャルな映像も出てくる。ボカシは入っている(原版そのものの処理だろうか)けれども、休日午後のEテレからすると、ちょっとびっくり。
カナダ製作のドキュメンタリー作品だが、シリアのレズビアンの話だ。ダマスカスに住むという女性アミナが、2011年当時「A Gay Girl in Damascus」というブログを開設する。アサドの圧政への民衆蜂起を訴える一人の国民の声についての国際的な反応のみならず、中東の同性愛者からのエロティックな発信に対しての共感や好奇も重なって、世界に多くの読者を集めて、欧米のメディアも取り上げるほどになった。
そして事態が急転する。ブログに、アミナが現体制派のグループに拉致された!と彼女の親戚によって書き込まれたのだ。安否不明となり、フォロワーたちが米国政府を動かそうと働き始める。当時のこの事件の報道は僕にも記憶があるので、その顛末はおぼろげに覚えている。
じつはアミナなるレズビアンの女性は最初から存在しておらず、ブログはすべて、イギリス人の男性による作り話だったということが真相。そうそう、確かにそうだった。しかし、この事件のことを知らずに観ている人はもちろん、知って観ている人にとっても、サスペンスミステリーのように観ずにはいられない展開となっている。アミナの自画像が、全く無関係の女性写真のコピペだったことが発覚するくだりなどの詳細は、今回初めて知ったこと。
しかし何よりも、アミナは存在していなかったという事実じたいは本作のオチではなく、動機や人物像など、犯人(と呼んでいいのか)本人へのアプローチが後半の見せどころだ。この創作者である男性はシリア問題の研究者で、注目を集めるためにレズビアンを装ったが、ブログで訴えた中東の人々の苦しみは真実だと言い放った。
しかし、ネット上のアミナに恋をした各国の同性愛者はどちらにしろ浮かばれない。これぞ、まさにネット世界の闇だ。誰でも、ハーメルンの笛吹き男になることができる怖さがある。そういう危険性を、世界レベルでひしひしと感じさせる事例だ。
前に、同じEテレの番組「ねほりんぱほりん」で観た、ネット上の私生活を加工や借りもの画像で豪華に飾る「偽装キラキラ女子」なんて、今思えばちっちゃな嘘だ。
(2017年1月31日)

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2016年の良かった映画 [そのほか]

[外国映画]

★とくに良かった
消えた声が、その名を呼ぶ(ファティ・アキン監督/ドイツ=フランス=イタリア=ロシア=ポーランド=カナダ=トルコ=ヨルダン)
山河ノスタルジア(賈樟柯監督/中国=日本=フランス)
素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店(マイケ・ファン・ディム監督/オランダ)
或る終焉(マイケル・フランコ監督/メキシコ=フランス)
ブルックリン(ジョン・クローリー監督/アイルランド=イギリス=カナダ)
シング・ストリート 未来へのうた(ジョン・カーニー監督/アイルランド=イギリス=アメリカ)
ハドソン川の奇跡(クリント・イーストウッド監督/アメリカ)
とうもろこしの島(ギオルギ・オバシュビリ監督/ジョージア=チェコ=フランス=ドイツ=カザフスタン=ハンガリー)
オマールの壁(ハニ・アブ・アサド監督/パレスチナ)
エル・クラン(パブロ・トラペロ監督/アルゼンチン)
エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に(リチャード・リンクレイター監督/アメリカ)

☆良かった
キャロル(トッド・ヘインズ監督/イギリス=アメリカ=フランス)
ヘイトフル・エイト(クエンティン・タランティーノ監督/アメリカ)
ボーダーライン(ドゥニ・ビルヌーブ監督/アメリカ)
ヴィクトリア(ゼバスティアン・シッパー監督/ドイツ)
帰ってきたヒトラー(デビッド・ベンド監督/ドイツ)
アスファルト(サミュエル・ベンシェトリ監督/フランス)
ジュリエッタ(ペドロ・アルモドバル監督/スペイン)

[日本映画]

★とくに良かった
リップヴァンウィンクルの花嫁(岩井俊二監督)
64-ロクヨン-前編・後編(瀬々敬久監督)
ディストラクション・ベイビーズ(真利子哲也監督)
日本で一番悪い奴ら(白石和彌監督)
シン・ゴジラ(庵野秀明監督)
君の名は。(新海誠監督)
オーバー・フェンス(山下敦弘監督)
淵に立つ(深田晃司監督)
湯を沸かすほどの熱い愛(中野量太監督)
この世界の片隅に(片渕須直監督)

☆良かった
俳優 亀岡拓次(横浜聡子監督)
海よりもまだ深く(是枝裕和監督)
団地(阪本順治監督)
永い言い訳(西川美和監督)
お父さんと伊藤さん(タナダユキ監督)

※ 1月1日から12月31日までに劇場で観た封切の新作133本から(映画祭上映などは除く)。順は年頭からの鑑賞順です

(2016年12月30日)

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21st BIFFから/ニューカレンツ部門の「A Billion Colour Story」 [インド]

受賞はならなかったが、ニューカレンツ部門にノミネートされたインド映画「A Billion Colour Story」(2016)は新人のPadmakumar Narasimhamurthy監督が脚本・撮影も務めたフレッシュな印象の作品だった。
その題名に反して、映像が一貫してモノクロであることについて違和感を覚えたが、ラスト近くの、ある出来事を境にしてスクリーンに色がつく瞬間に、それが本作のテーマにも繋がる大いなる仕掛けであることに気づかされる。(さてここから先は物語の結末に触れてしまいます。)
若いころに留学先の豪のフィルム・スクールで出会った、ムスリムの父親とヒンドゥーの母親の間に生まれた、10歳くらいの少年Hariを中心とした物語。リベラルな考え方を持った両親は、混沌とした猥雑さも含め母国インドをとても愛していて、ボンベイで新作映画を企画している。しかし資金が集まらず自宅を手放さなくてはならなくなり引っ越し先を探すのだが、ここから一家はムスリムに対しての不当な扱いに直面していく。一家のライフスタイルは宗教的偏見からは自由であるため、周囲と激しいハレーションを起こす。
小さな部屋で三人暮らしとなってしまっても、リズムのいい編集のなかでHariはいきいきとしている。誰もが愛したくなるこの少年から、両親の育て方の良ささえうかがえる。ムスリムの少女との恋物語も微笑ましい。そんなHariの命が一瞬のうちに奪われてしまう。彼の父親を狙った銃弾が逸れてしまったのだ!
少年Hariのいなくなった世界…、両親やHariを囲んできた人々が嘆き悲しむこの瞬間からこの作品には色がつく。Hariは両親の映画づくりを支えるために寄付を呼び掛ける映像をネット上にアップしていて、深い喪失感と時をあわせるようにして、Hariが集めた大金が届いたのだ。それらはヒンドゥーでありムスリムでもあるHariからの愛であり、また宗教対立のない平和なインドを求める多くの人々の想いでもあった。そしてそれらには、それまでHariの一家を苦しめてきたインド社会、そのほんの一部分にすぎないけれども、鮮やかに染め上げる力があったのだ。
(2016年12月19日)

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21st BIFFから/ニューカレンツ部門の「Someone to Talk to(一句頂一萬句)」 [中国]

THHAD配備問題の中での中国映画の上映。2016年10月10日。ニューカレンツ部門にノミネートされていた、中国=香港の合作「Someone to Talk to(一句頂一萬句)」(2016)の上映前に紹介を受けて登壇したのは、ドレスアップした若く美しい女性。Liu Yulin監督なのだと紹介された。簡単な挨拶の後に観客と一緒に作品を観るということで、僕のすぐ後方の席に座られたが、たまたま空いていた僕の隣席を映画祭の公式カメラマンが占領し、身をよじらせてバシャバシャと撮るので、女優も兼ねているのかしらと思ってしまう。さすがに映画本編が始まると、迷惑な撮影行為はおさまった。
長編第一作とのことだが、若い監督にしては男女の関係性の重さ加減を知り尽くしたような描写力を備えた、いい作品だ。中国の地方都市が舞台だが、現代どこの国でも見つけられそうな、二組の男女が対比的に登場する。靴の修理工をしている夫Aiguoと製糸工場で働く妻Linaには祝福されて結婚した10年前の仲睦まじさはもはやなく、幼娘も心配するほど。妻が愛人をつくって家庭を顧みなくなってしまったからで、まるで父子家庭のようになっている。そこに出入りしてくれているのが、通りで屋台を営んでいる未婚の、夫の姉。その姉はコックをしている男やもめと親しくなり、人生も折り返しを過ぎた中年期らしいお付き合いを始める。
夫Aiguoは刃物を忍ばせて妻の跡を追うほどのギリギリの状態に陥るが、最終的には未来に向けての決心をする。そこには、並行して描かれる姉たち中年カップルが自分らの再生のためにゆっくりと回し始める歯車が、動力源になっているようにも感じられるのだ。
あとで知ったが本作は、馮小剛監督からも映画化されるような、中国のベストセラー作家の小説を原作としていて、Liu Yulin監督はその作家の娘なのだそうだ。
(2016年12月12日)

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21st BIFFから/イラン映画「The Dream of Water」 [イラン]

アスガー・ファルハディのように進化を遂げていない、良い意味でガラパゴス的なイラン映画の貴重作として「The Dream of Water」(2016)のワールドプレミアを観た。監督はFarhad Mehranfarで、イラン映画が国際的に台頭してきた90年代に集中して観た中に「Paper AirPlanes」(1997)、「The Tree of Life」(1998)の監督作があるが、それ以来観たことになり、僕としてはすっかり忘れていた存在。
砂漠の真ん中でジープがオーバーヒートしてしまった男がたどり着いたのは、かつては集落だっただろう廃墟群。そこには鮮やかな織物を織り続ける謎の老人がいて、男は建物の地下にある秘密めいた井戸の空間に閉じ込められてしまう。地下は通路で縦横に広がっていて、奥には人工池があって魚もいる。男の前でこれまた謎の若い女性の姿が見え隠れする。イラン映画なのだからまさか怨霊ではないだろう。
ミステリアスな地下世界の描写が続き、老人はこの集落を甦らせるために井戸の復活を望んでいて、女性はそのために自らを捧げた“井戸の花嫁”であることがわかってくる。この人たちはどうやって生活しているの、というファンタジーに対するツッコミはせず、登場人物たちによる水源探しにあわせて、我々もこのイラン映画らしい文脈の中からそこに埋め込まれたメッセージを探さなければならない。暗い地下世界の中に飛び込んできた男は何を象徴しているか、生きるために必要な水は何に例えられるかなどを。
(2016年12月7日)


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21st BIFFから/Shahrbanoo Sadat監督の「Wolf and Sheep」 [アフガニスタン]

職業役者などおそらくひとりも登場しない。アフガニスタンの山あいの村の人々の普遍的な生活が、それぞれがそれぞれの人生の持ち主であるようにして、ドキュメンタリー風に、しかし詩的に綴られる。狼を避けながら羊の放牧が日々繰り返される。そこがアフガニスタンであろうと、どこであろうと、都会人からすればそれは自分とは無関係にみえる客観的な風景だ。テヘランで生まれ今はカブールを拠点に活動しているというアフガニスタンの二十歳半ばの女性、Shahrbanoo Sadat監督は、しかし、夕暮れになると遠くから狼の遠吠えが聞こえてくるような故郷に対する強い誇りを持って描いている。
婚姻や埋葬などの風習も出てくるが、描写対象の多くは無邪気な子どもたちだ。村社会では労働力でもある彼らだが、男女の交流が許されないので、女子は煙草やガールズトーク、男子は小石を使ったパチンコ遊びに興じている。ロマンスめいたこともある。
この「Wolf and Sheep」(2016)は、今年の第69回カンヌ国際映画監督週間で芸術映画賞を受賞したそうだ。デンマーク=フランス=スウェーデン=アフガニスタンの合作。
(2016年11月30日)

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21st BIFFから/イスラエル映画「One Week and a Day」 [イスラエル]

Asaph Polonsky監督のイスラエル映画「One Week and a Day」(2016)は、何だか不思議な魅力をもったデビュー作。題名は、ユダヤでいうところの初七日のようなことだろうか。人生これからという25歳の息子を失ったある中年夫婦の、葬儀後の虚脱しきった日々をシニカルに描いている。感情を露わにして泣き叫ぶわけではない。喪失感からただただ歯車の噛み合わない日常が、もうほとんど奇行化してしまい、それぞれが一人でコントをしているコメディアンのようだ。妻は無気力、無愛想で職場復帰できず乾ききっている。夫は偶然手に入れたマリファナに頼ろうとするがうまくいかない。
絶えず笑わせられながらも彼らの奇行を観続けていくことで、この夫婦が体面を無視して自分の感情ただそれだけに正直に向き合い、自分なりの方法で、哀しみと格闘しているのだということに観客は気付き始める。隣の家の青年との交流もうまれる。さて、夫と妻は再生できるのか。そのことについてこの映画は観客の期待を決して裏切りはしないのだ。その証拠はラストの一瞬に対する客席からの拍手だ。
(2016年11月23日)


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21st BIFFから/ブリランテ・メンドーサ監督がプロデューサーの「Expressway」 [フィリピン]

ブリランテ・メンドーサ監督の名前がプロデューサーとしてあがっていることで、俄然注目して観たフィリピン映画「Expressway」(2016)。Ato Bautista監督の作品で釜山がインターナショナル・プレミア。プロデューサーの名前から想像したとおりのピノイ・テイストのドラマだ。「きよしこの夜」の調べから静かに始まるが、それはひと仕事前の殺し屋の瞑想の時間に過ぎず、スクリーン上では、無口で職人気質の殺し屋Benと若く熱しやすいその相棒Morrisによる、非情な仕事が繰り返されていく。
Benの流儀には納得できずやたらと暴走気味のMorris。クリスマスの季節感に包まれたこの街で、銃弾の乾いた音が響き、飾られたツリーの前に死体が転がる。そのコントラストがフィリピンの気鋭の監督のひとつの美学だ。そしてこれを最後に足を洗うつもりのBenがピアノで弾き語る「きよし…」のメロディには、贖罪の意が込められているかのようだ。
ここでは詳しく書かないが、BenとMorrisには過去から運命的な因縁があった。だからラストシーンでMorrisがBenに銃口を向けることは、ある意味で神様による巡り合わせだった…。銃声だけが夜空に響いて、このドラマはストンと終わる。誰が誰を撃ったのか。
キャストとスタッフのクレジットは、最初に冒頭の「きよしこの夜」の調べにあわせて出てしまっているので、作品は銃声を最後にもう本当にストンと終わって劇場内は直ちに明るくなる。
あまりにも潔い余韻のなさ。それは殺し屋が銃弾一発で確実に仕留める作法のよう。ヤラレた。
(2016年11月17日)

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21st BIFFから/「Diamond Island」 [カンボジア]

経済成長するカンボジアの若者の上京物語だ。プノンペンで建設が進む一大プロジェクト「ダイアモンド・アイランド・シティ」。テレ東の「未来世紀ジパング」でも紹介されていた中国資本の巨大プロジェクトだ。完成予想CGが劇中に登場するとおり、首都の発展を示す現実の未来都市計画、その現場を支えているのは農村部からの出稼ぎ労働者。軽装で危うい手つきの彼らの楽しみは夜。女の子たちと知り合い、ディズニーランドと比べてもはるかにショボい遊園地で都会の生活をエンジョイすることだ。それは昼間に過酷な労働を担う彼らがみることのできる最高に背伸びした夢であり希望であり、しかしそれはこの大都市にやがて立ち上がる高級マンションに比べるとはるかに小さい。
何年か前にやはり釜山で観たドキュメンタリー「Golden Slumbers」のDavy Chou監督による劇映画「Diamond Island」(2015)。音信不通だった兄との再会、女性との出会い、田舎に残してきた母の死、現場仲間の大怪我…、物語は若者たちのひとり、Boraの視点で描かれる。
何年後だろうか、カフェの店員となったBoraには、完成したダイアモンド・アイランド・シティを見上げている日がくる。その時、この街並みづくりに関わってきたひとりとして、青春時代の痛みが思い出されるのだろうか。急激に身長が伸びる成長期に起きるという成長痛、これは体に限らず、伸びゆく国、香港やシンガポールを追うように成長しようとしているカンボジアの人々の心にもあらわれる痛みだ。
カンボジア=フランス=ドイツ=タイ=カタール合作。
(2016年11月13日)
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